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 伏見夜人は学生の頃から真面目だった。 だが頭でっかちなガリベン君というわけではなく活発で人当たりも良く明るいが、悪行は決してせず、ルールを守る事を美徳とした道徳がしっかりと整った人間だった。 四人兄弟の長男として育ったのが彼のこの性格を作ったのだろう。 『おはようございます。』 『おう伏見今日も早いな。』  その真面目さは社会に出ても変わらず、精力的な姿勢や人当たりの良さは新入社員の中で頭数個分抜き出ていて、彼はすぐに上司に好かれメキメキと力をつけた。 先輩上司の精力的な教育を彼の真面目な性格が後押しし、彼は順調に出世した。…が、息つく間も無く働いてしまった結果、彼は恋愛やプライベートをおざなりに年を重ねてしまった。  弟達は皆結婚し家庭を築いた。 性格も見た目も悪くない長男が何故結婚していないのか、弟達は不思議で仕方がなかった。 「…センパーイ。」 「んー?」 「先輩って37でしたっけ?」 「そうだけど?」 「独身主義なんすか?」  そんな疑問を職場の同僚も抱いていた。 むしろ伏見の性格を知っていれば、相手が居ない方が違和感に思えるのだ。  伏見はもう何度目かも分からない質問に少々うんざりと答えた。 「モテねえからだよ!?」 「ウッソだー。」 「あのなぁ若松。そういうピンクの話はお前ら若者の特権なの分かる? 俺みたいな40目前のオッサンなんか誰も相手にしないの分かる?」 「いや、多分先輩が老けてんのは素行態度のせいですよ。なんすか『ピンクの話』て。そんな台詞今時じいちゃんでも使いませんよ。」 (お前は本当にズバッと言うな。) 「『もう37』じゃなくて『まだ37』じゃないすか。 俺のリサーチによれば、案外女の人って落ち着いた年上男性に惹かれるもんなんですよ?」 「スミマセンねなんか気を使ってもらって。」 「そんなんじゃないですってば!」  若松はこんな事を言いながらも、伏見を案じているのだ。 稼いでいる筈なのにお金を使っている気配も無く、趣味の話も一切無く、伏見が枯れたプライベートを送っていると察しての事だった。 敢えて恋愛の話題を出し、鈍化した恋愛センサーを呼び覚まそうと画策しているのだ。 こんな事を後輩が企むのだから、伏見は本当に好かれているのだろう。 (よく『退職後ぼーっと過ごし痴呆に』…なんてのテレビで見るもん。そんなん可哀想すぎだし後味悪すぎ! でもこの人職場恋愛自粛してるっぽいし…。 てか今時職場恋愛禁止とか、昭和かよっての! この人だって男なんだ。間近で女の子見ればきっと鈍化したその辺が活性化するに違いない!) 「……次の土曜日合コンしません!?」 「本当に嫌です。」 「えー!!」 「お前ら若いのと一緒にそんなん言ったら勘定持ち決定だし、ついてけねーよ。」 「…俺37の人と話してますよね? 本当は57才の人と話してたり…とか。」 「しねえよ!」  こんな会話は日常茶飯事で。これはこれで平和な日常のひとこまであった。
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