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「ここの鶏南蛮もう食べた?めっちゃうまいねん」
「や、多分、頼んでないです……」
「なら食べて食べて。一回生はタダなんやから、遠慮せんと」
山下さんのいた席に、別の誰か、それも男の人が座った。その人は私の目の前に無造作に置かれていたタッチパネルを手に取ると、器用にいくつか料理を選択していった。
「えっと、二人なんて呼んだらいいかな」
「あ、竹田です」
「……松尾です」
「覚えた。竹田さんと、松尾くんな。あ、俺が先に名乗れって話よな。二回の八木良平です。よろしくね」
首を縦に振った反動で、ようやく隣の顔がチラリと見えた。落ち着いた茶髪に、目は切れ長だけど表情が丸っこくて、キタキツネに似た可愛らしさがある。一目見て、良い人そうだなと第六感が囁いた。柔らかな声色と話すスピードが丁度良くて、ガチガチの体から少しだけ緊張が抜けていった。
「二人とも理工学部なんやな。俺心理学部やで、キャンパスは同じやな」
八木さんは、私と松尾くんに交互に笑顔を向けながら、穏やかなペースで私たちの情報を引きずり出していった。ふとした拍子に、八木さんの笑顔につられて顔が綻ぶ。
「履修登録は終わった?」
「いえ、まだよく分かってなくて」
「俺もまだです」
「ちょうどいいわ。うち、理工学部で学科首位のお方と反面教師どっちも揃ってるから、話聞くと良いよ。金子さーん、いっせー」
八木さんの柔らかいのに通る声で、二つの顔がこっちを向いた。八木さんが両手で手招きすると、二人が立ち上がり躊躇うことなく私たちのテーブルにやって来た。
「理工学部三回、超優等生の金子さんと、同じく理工学部二回、留年ダービー下馬票一位の吉野くんでーす」
「おま、人を貶すためにわざわざ呼んだの?!ごほん。えー、吉野一生、テナーの副パートリーダーやってます、どうぞよろしく」
吉野さんがセンター分け前髪を両手でかきあげ、美人な金子さんが横でくすくす笑った。
「鶏南蛮もちょうど来たねえ」
「おお、大好物よ俺。いっただっきまーす」
「阿呆、一回生ちゃんのや」
八木さんの間のいいツッコミに、金子さんが今度は声を出して笑った。私も、それに松尾くんも堪えきれず静かに笑みがこぼれた。
吉野さんは情報システム学科と、私と松尾くんと学科まで同じだった。失礼だけど、いかにして半分もの単位が落ちていったのか、吉野さんの話術には引き込まれるものがあり、笑いを堪える方が大変だった。金子さんは学科は違ったけれど、学業とサークル、バイトの両立の仕方や教職課程の取り方など、ためになることをたくさん教えてくれた。
そして、二時間の新歓コンパはあっという間に終わった。締めの言葉が聞こえてきて初めて、私は輪の中に入れていたのだと気がついた。
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