【第一章】温かな腕③

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【第一章】温かな腕③

 向けられる、好奇の眼差し。  ただでさえ少なかった私の居場所を、この身体は完全に奪った。  苛められることには慣れていた。  だが、屈辱には耐えられなかった。  悪夢のような――記憶。  自らの身体を意識するたびに、思い出さずにはいられない……忌まわしい過去。 「何故なんだ?」  知らず知らずのうちに震えだしていた体を、私は両手で抱きしめていた。 「わ……私は、女じゃ……な、い……!」  だが男でもないと、誰かが笑った。  誰も守ってはくれなかった。  だから、逃げ出すより他になかった。  単なる異端者(いたん)への虐待が、性的な好奇へと変わるのを、どうして私に防ぐことができただろう。  甦る恐怖と絶望の記憶に、震えが止まらない。  いくら涙を流しても洗い流すことの出来ない過去に、怯えつづけることしかできない自分がひどく嫌になった。  私は一体――なんなのだろう。  何の為に産まれて……何故、いまだに生きているのだろう。  そうだ、私には何の価値もないのに。  何故、今まで――私はここにいたのだろう? 「ラルム」  温かい指が、頬に触れた。 「大丈夫?」  心底心配そうな色をした瞳が、じっと私を見つめていた。 「ダル……」 「怖いことがあったんだね。僕には……君がどうしてそんなに苦しんでいるのか、よく、わからないけれど……」 「……」 「でも、僕にとってラルムはラルムだよ。君がエルフなのか、人間なのか、どっちなのかわからないのと……君が男なのか女なのかわからないのと、一体どんな差があるの? 僕には良くわからない。でも、君はそれがとても苦しいんだね。それなのに……僕、わかってあげられなくて、ごめんね」 「……え?」 「難しいことはわからないけど、僕は、ラルムがラルムなら、それでいいんだ」  そう言って、ダルフェイは少し照れくさそうに、場違いなほど明るい笑みを浮かべた。  何の疑いもなくガラス玉を宝石と信じて宝物にしているような……そんな無邪気で、屈託(くったく)のない――強さ。  無粋(ぶすい)な計算など出来ないものの言葉だからこそ、素直に心に響いたのかもしれない。  愚かしいくらいに純粋な――優しさ。  現実から目をそらし、前を見ようとしなかった私は、母と同じ過ちを犯していたのだろうか。  このままでも、私は私……。  それが1つの完成であると、何故、今まで気がつかなかったのだろう。  ダルフェイの笑顔は、まるで天使のように美しく見えた。  オーガの血の混じった……お世辞にも綺麗とはいえない顔立ちであるのに。  彼は美しい。  私よりも、千倍も万倍も――彼は完成された美を持っていた。
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