【第一章】灰色の涙③

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【第一章】灰色の涙③

 与えられた小さな部屋で、私はよく耳をふさいでうずくまっていた。  まれに外に出て、光の中を駆け回っているほかのエルフの子供たちを木陰からそっと眺めることもあったが、その輪の中に加わることは、永遠に不可能だと思えた。  たとえどんな人たちであろうと、身内以上に私を愛してくれるものが外にいるはずがないと信じていた。  私には、そこしか居場所がなかった。  逃げ出す勇気はなかった。  いや、私は心の奥底で……いつかは母に愛してもらえることを期待していたのだろう。彼女のそばを離れて何処(どこ)か別の場所へ行こうと思ったことは、一度もなかった。  私は、そうしてほとんど一日中家にいて祖母の罵声(ばせい)を聞き、夜は母の嗚咽(おえつ)が聞こえなくなるまで耳をふさいでいた。  不思議と、涙は流れてこなかった。  名前とは裏腹(うらはら)に、私自身の涙はすっかり()れ果ててしまったようだった。 「生意気に泣きもしない、薄気味悪(うすきみわる)い子だこと」  そんな祖母の言葉も、いつしか私の心をむなしく素通りするだけとなったそんなある日。  前触(まえぶ)れもなく母が死んだ。  風に吹かれた花が散るように、ただ静かに息を引き取った母の亡骸は、ようやく長い苦しみから解放されたかのように穏やかで、やせ細り変わり果てていたものの何故(なぜ)か私の目にはとても綺麗なものとして(うつ)った。  悲しいとは感じなかった。  寂しいとも思わなかった。  このとき私は母に向けるべき感情を知らず、号泣(ごうきゅう)する祖母の後ろに、ただ黒い(もや)のような苦い思いだけを抱いて立ち尽くしていただけだった。  泣き疲れ、まるで泡沫(うたかた)のように(はかな)く死んでいった母。  彼女は生涯、自分が産み落とした子のことを思うことはなかったのだろうか?  バカバカしいイメージが、大人になった今でも消えないのが……ひどく苦々しい。  黄昏(たそがれ)の窓辺で、自らの長い金髪に顔を埋めている女。  やせ細り(つや)を無くした、血の気のない白い肌。  ときおり(うつ)ろに向けられる、赤く()れた目の……その異様な瞳の輝きを思い出すたびに、私は軽い吐き気を覚えた。
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