【第一章】灰色の涙①

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【第一章】灰色の涙①

 私は、とある小さなエルフの集落で、人間の冒険者だった父と、エルフの娘との間に生まれた。  異種である両親がどのように知り合い恋に落ちたのか、私は知らない。  母は何も語らなかったし、父は私が生まれたとき既にそこにいなかった。母が身ごもっていることを知っていたのかはわからないが、私が生まれる前に母を捨てて去ったのだという。  元々閉鎖的(へいさてき)である上に、当然下等な――エルフたちにとっては下等な――種族である人間の血の混ざった私を彼らが受け入れてくれるはずも無く、村での生活は、まさに地獄のような日々だった。  エルフは人間に好意的な種族だと思われているようだが、それは人間側から見た場合においてのみであり、エルフたちは決して人間に好意を持っているわけではない。  閉鎖的で狡猾(こうかつ)なこの種族は、美しい姿で人間に近づき、(たわむ)れに知恵を授け、利用する。何故なら人間が敵とする他種族……(すなわ)ちオーガやゴブリンなどは、エルフにとっても敵であり、滅ぼすべき相手だからだ。  しかしエルフは知恵にこそ優れているが、体は貧弱で(もろ)く、戦闘に適しているとは言い難い。そこで人間の戦士に近づき、敵と闘わせる為に誘導するのだ。モンスターと違い、人間はそこそこ知恵もあり丈夫でもある。そして何より、短命な種族だ。多少の贈り物をしたところで、エルフのように永遠に近い時を生きる者にとってはホンの一瞬の関わりに過ぎない。  つまり、明らかに自分たちが上位の種族であり、人間を見下しているからこそ、彼らは優しい笑みを浮かべ、友好的なそぶりを見せることができるのだ。  人間の戦士だったという父は、もしかしたらそんなエルフの本性に気づいて、母を捨てて去ったのかもしれない。  しかし、母は父を愛していた。泣き暮らし、ついには命を落としてしまうほどに。  自分の生んだ子供がこの閉鎖的なエルフの村で、どのような思いで生きているか、ついに一度も思う余裕の無かったほど……父だけを、ただひたすら一途(いちず)に愛していた。  私にとって、漠然(ばくぜん)とした(あこが)れとして想像の中に存在する父は、非現実の英雄だった。  出会っていれば、私を愛してくれたかもしれない唯一の人。  私を抱きしめて、無償(むしょう)の愛を与えてくれたかもしれない存在。  しかし、私が知っている事実は残念ながら()()()()()()()()()()という、その1つだけだった。  たとえエルフたちの話すとおり悪鬼(あっき)のような男だったとしても、父にはせめて一度会ってみたかったとは思う。だが、それももういまさら叶わないことだった。エルフというものは限りなく不死に近く、ハーフエルフである私にもその血が濃く流れている。自分の正確な年齢など覚えていないが、人間の生きられる年月はもうとっくに越えてきた。普通の人間である父が、今の世に生きているはずがない。  父ヘの思いをめぐらせればめぐらせるほど……その(あこが)れは次第に憎しみへと変わっていった。  異種族同士の恋愛は、どんなに美しい物語で語ろうとも所詮は自然の摂理に反した邪道(じゃどう)に過ぎない。結ばれるはずのないもの同士の愛は常に不自然であり、悲劇を呼びやすいものだ。そういう意味からすれば、母と父が別れたのは自然なことだったのかもしれない。そして、不自然な関係の果て産まれた私は当然不自然な存在であり、初めからこの世にあるべきものではなかったのかもしれない。
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