たづ姉さん

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 たづ姉さんのおはなしに戻りましょう。  寮のせんべい布団に、たづ姉さんと並んで寝ているとき、彼女が楽しそうに鼻歌を歌っているときがありました。ミステリアスなたづ姉さんですから、こちらは、いいことあったのかな、ぐらいにしかわかりません。  それだけならきっと、忘れてしまったはずですが、その夜のことははっきり覚えています。 「お菊。」  たづ姉さんは私のことをこう呼ぶのです。 「なんですか?」  私は頭をそちらに向けました。豆球の灯りに、たづ姉さんの真っ黒い瞳が光っていました。 「お菊は男のひとに抱かれたことある?」  艶っぽい声で、たづ姉さんが訊きました。私はびっくりしてしまいました。そういうことは、結婚してからするものだと思っていたからです。大きくかぶりを振りました。 「たづ姉さんは、あるんですか? その、そういうことが。」  たづ姉さんの恋愛事情について、私はなにも知りませんでした。ただ、たづ姉さんがひとと違って見えるのは、もしかしたら殿方のせいかもしれないと思いました。  私の問いには答えずに、 「じゃあ、女に抱かれたことは?」  と声を潜めて言い、楽しそうに笑いました。真っ黒な瞳に見つめられて、私の心臓はばくばくと音を立てて打ち始めます。 「な、ないです、そんな。」 「では抱いてやろう。お菊を私が抱いてやろう。」  たづ姉さんがにじり寄ってきました。 「堪忍してください!」  私は頭まで布団を被ります。身体の芯がじんと熱くなりました。 「冗談。」  たづ姉さんはそう言うと、私の布団をぽんぽんと叩いて、自分の布団に戻ったようでした。
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