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私が若かった頃のおはなしですから、もう随分前のことになります。
年を取ると、若かった頃に目にしたすべてが輝いて、思い出すたび、切なくも甘い感情に包まれるものですね。ええきっと、誰だってそうなんじゃないかと思います。
そうして、私ごと記憶が消えてしまう前に、誰かに伝えておきたいと思ってしまうのです。
そう。私がおはなししたいのは、たづ姉さんのことなんです。
いまでも思い出します。私が会社の寮の木製の階段を(階段はそれは急で狭いのですが)駆け上がっていきますと、たづ姉さんがギターを抱えて窓のヘリに座り、空を見上げながら、なにやら歌っているのです。
「雨よ、降れ。もっと降れ。愛しいあのひと、来るように。」
確かそんな歌詞だったと思います。そうして階段に私の姿を認めると、それは柔らかにほほ笑むのです。
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