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「……怒るわけないだろ? 俺だって、移るかもしれないって分かってて側にいたんだから」
「っ……!」
目じりに涙を溜めた状態の早瀬を豊は手招きする。
側に来た彼女を見上げ、豊は優しく笑みを浮かべた。
「それに俺は幸せなんだ、こんなに熱中出来るものが出来て。……早瀬さんがどんな風に絵を描いていたのかを知れて」
「豊くん……」
「……なぁ、今日病院行ってきたんだろ? 早瀬さんの寿命はどれくらい?」
芸術病ではなくなったとはいえ、今まで削ってきた命は戻らない。
だが、そのまま患っていた場合より寿命が延びたのは確実だ。
「……二十年くらい」
「それはいいな。俺も同じくらいって言われた」
この年になってから移って罹患した自分も、医者から寿命はそれくらいだと教えられた。
寿命を八十と見た場合、それくらいだと。
聞いた瞬間の感想は、思ったよりあるな、だった。
「もっかい言うけど、俺は今幸せなんだ。こんなにも生きているって感じられることなかったから」
「……」
涙は止まったけれど、まだ悲し気な顔をする早瀬の手を取る。
「たださ、もう一つどうしても欲しいものがあるんだよ。……それは、早瀬さんにしか叶えられない」
「私にしか?」
「うん。俺、早瀬さんが欲しい」
「え? それ、どういう……」
さらりと口にした言葉が信じられないのか、早瀬は困惑の色を浮かべた。
豊は立ち上がり、今度は見下ろして告げる。
「好きだよ、早瀬さんのことが。残りの二十年、俺のそばにずっといてくんない?」
告白……からのプロポーズ。
お付き合いを通り越した求婚に、目を見開き驚く早瀬は完全に涙を引っ込めた。
「早瀬さんならもう芸術病にかかることもないだろ? だから、躊躇いなく言える。……結婚して、俺のそばで笑っててほしい。この病気を知る早瀬さんだからこそ、そばで支えて欲しい」
まだ信じられないのか、ポカンとしている早瀬に苦笑する。
「返事は?」
促すと、やっとじわじわ理解してきたのか口が動いた。
「……私で、いいの?」
「早瀬さんだから、いいんだよ」
「だって私、もう絵は描かないよ? 多分、描こうとしても描けない……豊くんが見ていたいって言ってくれた私にはなれないんだよ?」
いたたまれないように、また泣きそうな顔で視線を逸らされる。
ちゃんと自分を見て欲しくて、豊はうつむく早瀬の顔を覗き込むように屈んだ。
「良いに決まってんじゃん。確かにはじめは絵を描く早瀬さんに惹かれたよ? でもさ、一緒に過ごすうちに西田早瀬っていう女の子が好きになったの……なぁ、返事聞かせてくれよ」
「そんなの、OKするに決まってるじゃない!」
バッと顔を上げる早瀬。
思ったより勢いがあって、今度は豊の方が驚く。
お互いの顔を見合って、どちらともなくフッと笑った。
「じゃあ、残りの人生よろしくな」
「こちらこそ」
命を削るという芸術病。
そんな病に侵されながらも、豊は笑う。
特別好きなものも無くてなぁなぁに生きてきた十八年より、これから先の二十年の方が充実してると確信出来るから。
人より短くなった命。
だが、代わりに渇望していたものを手に入れた。
生きていると実感できる作品作り。
そして、側にいてくれると約束してくれた好きな女の子。
人より短くても、明るい未来がある。
そんな未来を胸に、豊はこれからも笑って筆をとるのだった。
END
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