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憧れ
門の電子ロックを解除して玄関までの石畳みを歩いていると、玄関のドアが開いて小柄な女が微笑む。
「お帰りなさい。けいちゃん」
それに反応することも目を合わせることもなく、俺はその横をすり抜けて中に入った。
「今日は早いのね!」
嬉しそうなその声にイラッとする。
「今日はけいちゃんの好きなハンバーグよ!お父さんも早……」
玄関にある棚を殴り付けると、声を弾ませていた母親もさすがに黙った。
靴を脱ぎ捨ててそのまま階段を上る。
見つめてくる視線は感じたがそれは更にイライラを募らせるばかりだ。
部屋に入って無駄に音を鳴らして雑にドアを閉める。
カバンを放り投げて髪を解くとベッドに転がった。
まだ母親の気配がする気がしてギュッと目を閉じる。
いつも親父の機嫌を窺いやがって……この見た目にしてから俺にも媚びてくるあの感じ全てに嫌悪しかない。
周りを気にする親父。
その親父を気にする母親。
「クソっ」
起き上がってベッドの上であぐらをかく。
ふと机の上にある黒い革のブレスレットが目に入って俺は体を伸ばしてそれを手にした。
座り直してじっと見つめる。
『いっぱい悩め!で、いっぱい泣け!でも、前だけは見失うなよ!』
そう言って俺の手からテストを取り上げて「交換!」と無理矢理押し付けてきた男。
もう十年も前の出来事なのに俺にとっては忘れられない思い出だった。
あの時はどん底で終わったと思っていたその時に救ってくれた男だから。
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