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包み紙を広げると、ピンク色のあめ玉。宝石みたい。私は口に放り込む。
おいしい。思わず頬が綻ぶ。イチゴ味かな。これでティーがあれば完璧なんだけど。
夢中になってなめていると、遠くから私を呼ぶ声が聞こえてきた。
「かーえーでーさーまー!」
彼だ。手をぶんぶん振ってこっちに向かってくる。何故ここに。私はあめ玉をとかすスピードを速くする。
彼がもう目の前に来た。走ってきたというのに、さすがはAI。息を切らした様子は全くない。
「すみません。言い付けを守るのが執事の役目ですが、楓様のことが気になって」
私のことが気になって? 彼の顔を見ると相変わらず表情がない。でもいつもと違ったのは目に潤いがあることだった。
……まさか、泣いてた?
彼は私にティーカップを差し出した。
「はい、楓様。楓様はティーがお好きなのでしょう?」
私は反射的に体を強張らせてしまったが、彼の目を見ていたら不思議と嫌とは思わなかった。私は少しばかり残っていたあめをとかして飲み込んだ。
「……ありがとう、頂くわ」
カップを受け取り口に近づける。いつもとは違っていい香りが漂う。
おそるおそる、すすってみた。
「!」
何かしら。この、口の中でじんわりと広がる苦いようでほんのりと甘い味は。心と体の芯の芯まで温まるような優しい味。
彼を見ると、愛しむような眼差しで私を見つめていた。
そんな顔、私、知らない。
「……やはり、楓様にはそういうお顔でティーを飲んでいただきたい」
私は彼の言葉を反芻する。
「……それってどういうこと?」
「申し訳ありません。いつも楓様のお口に合わないようなものを出してしまって……」
私は一瞬思考が止まる。
つまり、どういうことかしら……?
「実は、旦那様から必要以上に楓様とは親しくするなと言われておりまして」
「え、お父様が?」
どうして。AIなら安心と言っていたのはお父様なのに。
「旦那様はAIとはいえ、私が楓様と親しくすることを快く思われなかったようです」
彼が寂しそうに笑う。そんな顔も、はじめて見る。
「ですから、楓様にはなるべく嫌われるようにしないといけないと、思って、いたのですが……」
彼が俯いた。と思ったら輝かしい笑顔で私を見た。
「楓様のあのような、おいしそうにティーを召し上がられるお姿を私は、本当はずっとずっと見たいと願っておりました!」
ロボットには血が通ってない、と昔誰かが言っていた。
けれど、彼は確かに生きている。人の気持ちを持っている。私のことを思う気持ちが、このティーからも伝わってくる。
私はそれに気がついた瞬間、目の奥から何かが溢れてくるのを感じた。
「……楓様。泣いて、らっしゃるのですか?」
「え……?」
私は手で目を覆う。ああ、ほんとだ。涙が出ている。
私は彼をじっと見て言った。
「……ごめんなさい」
「何故、楓様が謝るのですか」
「あなたに、酷いことを言ってしまったから……」
さっき、葉一郎さんに思ったことが浮かんできた。
私、AIだからわからないんだって思って決めつけて、彼がそんな風に思ってるなんて、考えもしなかった。最低だ。
「仕方ありません。私はAI。感情を持っていないと考えるのが普通です」
私は涙を手で拭いながら返す。
「でも、あなたには感情があるわ……」
「それをわかってくださった。それだけで、十分です……」
彼がふわりと柔らかい笑みを浮かべると、私もつられて笑ってしまった。
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