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部屋に着く。
ドアを思い切り開いた。
「樹!!!」
彼が中にいた。
私の声に驚いた様子でびくっとしてこちらを振り向く。
「か、楓様……」
私は飛ぶように、彼の方に駆け寄る。
ドアがバタンと閉まる音が聞こえた。
「どうしてよ! お父様の言うこと聞かないでって言ったでしょ! 何故出ていくなんて言うのよ!!」
彼はしばらく私の目を見ていた。そっと目をそらして答える。
「……私の雇い主は旦那様です。雇い主の仰ることを優先するのは当然です」
「……」
そう。元々私が頼んだわけでも雇ったわけでもない。お父様がこの家に呼ばなければそもそもこの人は来なかった。
だけど。
「樹は本当にいいの? 私と会えなくなっても、本当にそれでいいの?」
「それが、楓様の為になるなら……」
お父様がそう言ったの? だとしたら全くの的はずれだけれど。
「私のことはいいのよ、この際。……嫌だけど。それより、樹は? 樹は私と離れて平気なの? 今まで通り笑っていられるの?」
「私はAIですから。元々感情など持っていること自体おかしな話ですから、笑わない方が自然です」
「……」
私は樹のお腹を思い切り殴った。
「……痛い?」
「いいえ、全く」
私はもう一度殴った。
「痛い?」
「全く、何とも……」
それから何度も何度も私は彼のお腹を殴った。私はその度に痛いのかと聞いた。彼は痛くないと答えた。
「楓様、もう、やめてください……」
「どうして。痛くないんでしょう、あなたは」
「楓様の手が痛がっています」
私はまた拳を彼のお腹に向ける。殴ろうとした瞬間、手首を掴まれた。
「何、するの」
「もう、やめましょう、楓様」
「どうして……」
「楓様は、痛いでしょう? こんなに、手を腫らして……」
私の手を掴んで私の目の前に持ってくる樹。その瞬間、私は彼の目を見た。
「あなただって痛がってるじゃない……」
「え……」
私は樹の目から出ているものを指で拭ってやった。
「こ、れは……」
「……あなたがここを出ていくと言うなら、私もあなたについていくわ」
樹が私の肩を掴む。
「それは、いけません!」
「どうして?」
「旦那様や奥様が悲しまれます……」
「でも、あなたが出ていったら私だって悲しむわよ?」
「……」
「それに、あなただって悲しくなると思う」
「……」
樹は私の肩を掴んだ手を離さない。でも、何かを思案しているように見えた。
その時、ドアを乱暴に開く音がした。
「お前たち!!」
ドアの方を見ると、お父様が全身から湯気を立てていた。
お父様は樹を指さして言った。目には怒りが宿っている。
「AIよ。お前は私が言ったことを了承したと思っていたが?」
樹は私の肩を掴んでいた手をとっさに離した。
「今すぐ出ていけ!! 二度と楓に近づくんじゃない!!!」
「……はい」
樹は肩を落として入り口に歩いていく。
「え、待って、樹……」
樹は私の方をチラッと見てそのまま走り去ろうとする。
「待って、樹!」
「やめなさい!」
お父様に肩を掴まれる。
「お父様、離して! 樹が行ってしまう!!」
「行かせておけ。そして、あれのことはもう忘れろ」
「……お父様」
私はお父様の足を踏みつけた。
「ぐうっ!」
「ごめんなさい、でも……」
私は樹を失いたくない。
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