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Scene1
嶺二は、眩しい白光を感じてゆっくりと両目を開けた。しばらくしてからようやく、自分が背もたれのある椅子に腰掛けていることを自覚する。
差し込む鋭い光は、天井に取り付けられた球体の照明だった。上を向いていたことに気づき、顔を正面に戻す。
淡いオレンジの壁紙を背景に、痩せた青年が目の前に座っていた。
どうやって染めたのか、長い銀髪を揺らしながら、青みがかった瞳を嶺二に向けている。
彼と自分の間には、白いテーブルクロスのかけられたテーブルが置かれていた。鼻を掠める甘い匂いに、下を向く。紅茶と思しき液体が、カップの中で湯気をあげていた。ここはカフェか。
「起きたかい?ずいぶんと気持ちよさそうに寝ていたね」
底抜けに明るい声に、思わず顔を上げた。眼の前に座る青年が、屈託のない笑みを浮かべてこちらを見つめていた。
「・・・・・・誰ですかあんた」
発した声は掠れていた。使えない部下への叱咤に、声帯を使いすぎたらしい。もしくは、頑固な社長に繰り返し同じことを説明し続けたからか。心当たりはいくつもあった。
「すまないね、急に知らないところへ連れてきてしまって。ただ、君があのキリマキ製薬会社の入り口前で、スーツ姿でぶっ倒れていたものだから」
さすがに放っておけなくてね。そう言って、彼は軽く左手の方を指した。
嶺二もつられてそちらを見ると、真っ暗な表通りが目に入った。こんなに近くに、窓があったようだ。確かに、星一つない夜空が、街の上空を覆い隠していた。
いつの間に、こんな時間になっていたのだろう。逃したかもしれない終電に間に合おうと、最後の書類を片付けた途端に会社を出た。廊下を全速力で駆け抜けたことだけは覚えている。
ここ最近は毎日がその連続だった。
激務に追われ、社長と多くの部下の板挟みになる日々。社内では社長に次ぐ二番手だったが、ブラック企業と名高いキリマキ製薬会社では、給料も雀の涙しかなかった。
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