Scene1

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 しばしぼうっとしていると、目の前の青年が、改まったようすで口を開いた。 「先程の質問に答えようか。僕の名前はアルツ。天界からやってきた天使だ」 「へえ、天使か」  嶺二は、アルツの言葉にぼんやりとうなずいた。そんなこともあるのかもしれない。 「ずいぶんとお疲れのようだね。かわいそうに」 「そりゃどうも」 「だからといってはなんだが、君の願いを叶えてあげよう。ひとつだけ、なんでもね」 「──なんでも?」  どこか胡散臭くもある言葉に、しかし、嶺二は目を見張った。 「そうだよ。願いを増やすこと以外なら、何を頼んでも構わない。こんな夜遅くまで、汗水垂らして働き続けている君へのご褒美だ。・・・・・・本当は、ダメなんだけどね」  いたずらをする子どものように、アルツは片目を閉じて口に人差し指を当てた。しかし、その顔がすぐに得体のしれぬ不気味さをまとったものに切り替わる。 「僕は天使だ。神のご加護と、天界に住まう者にしか持たないこの力で、何物でも手に入れてみせよう」  舞台俳優よろしく両手を広げながら、彼は恍惚とした表情を浮かべた。  頭上から浴びせられる照明の光に照らされた顔は、完璧な美しさを保っている。銀白の髪がかすかになびき、白い肌にいくらかの影を落とす。夜の凪いだ海色の両眼は、抗えぬほどの引力を有していた。  気づけば、嶺二は、青年から目を離せなくなっているのを感じていた。だが、その顔面には、どこか不気味な薄暗さが潜んでいるように感じられた。  嶺二の方を見据えたアルツの双眸が、細められる。 「さあ、君は何を望む?」  悪魔にも似た天使の唇が、薄く横に開かれた。  淡い逆光を浴びた青年の甘い問いかけに、嶺二は、操られたように答えを口にした。 「俺の勤め先──キリマキ製薬会社の社長を、殺してくれ」    
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