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当日になった。
絶対に会社には来るなと、アルツからは厳命されていた。当然だ。のこのこと出勤しようものならば、疑いはすぐさま自分にかかる。被疑者になるのは免れられない。
司法の裁きの目から守ることもできるが、人間界の過干渉はできない、そうとも言われていた。つまり、実行と指示はやるから、アリバイは自分で確保しろということだった。
しかし、染み付いた習性とはなかなか消えないものだ。現に今も、会社以外の場所へ足を向けようとするのが、怖くて仕方がなかった。それでも行かなくてはいけないのだ。
外へ。家ではない、人の目がある場所。自分が今日、その場にいたと、職場にはいなかったと証明してくれる他人がいるところに行かなくては──。
「あのクソッタレ社長が、ついに・・・・・・ついに・・・・・・」
口角が上がるのを抑えきれない。無意識に目を細めさせながら、嶺二は靴をつっかけて玄関のドアノブを回した。
社員寮となっているアパートの2階から見る景色は、いつになく明るかった。彩度を調節するスイッチを最大限にひねったかのように、雲は白く、隙間に覗く空は青い。
廊下と空中を仕切る鉄柵に手をかけ、思わず嶺二は身を乗り出した。
「ついに、いなくなる!」
遠方に見えるビル群の灰色も、行き交う人間の色も、全てが鮮やかだった。鼓膜に聞こえるのは、急ぎつつも、一日の始まりの喜びを滲ませる明るい声。
何もかもが、輝いているように見えた。
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