武蔵七党 武蔵国の七人~武蔵野セブン

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第一話 武蔵国の七人  今では関東地方と称せられるこの地域を、奈良・平安の時代、奈良・京の都から東に遠く離れた場所として、坂東(ばんどう)・東国(あずまのくに)と呼ぶことがあった。  関東にあった武蔵国は、台地が広がり牧畜に好都合で、関東にいた人々が馬飼部として牧畜に携わったことから、多くの牧(牧場)が存在していた。その中から、数多くの中小武士団が生まれたのだ。 江戸時代末期の、新選組まで繋がる坂東武者(ばんどうむしゃ)だ。  後に、牧の管理者の中から武蔵七党(むさししちとう)と言われる同族的な武士団が生まれ割拠した。秩父氏(ちちぶし)を本流とした、横山(よこやま)和田(わだ)(とう)猪俣党(いのまたとう)川越党(かわごえとう)、そして児玉党(こだまとう)村山党(むらやまとう)西党(にしとう)畠山党(はたけやまとう)。彼ら一党の子孫は、鎌倉幕府成立にも貢献(こうけん)し、鎌倉幕府を支えた。武蔵国府(東京都府中市)は鎌倉幕府にとって重要な拠点として存在し、鎌倉街道が敷設されたのだった。  これは、鎌倉幕府成立前のかなり前の昔のオハナシ。平家の世といわれた時代よりも、ずっと前のお話。  武蔵野の草原を眺める丘、その土手の木陰に、長い草の穂を楊枝(ようじ)のように口にくわえ、野武士姿で寝っ転がっている若い男がいる。平将門(たいらのまさかど)、二十五歳、である。  その(なが)める牧を三十頭以上もの駿馬(しゅんめ)(ひき)いて、西の都に向かう一隊がある。牧を三十頭以上もの駿馬(しゅんめ)が、全速力で草原を駆け抜けて行く。 その駆け抜ける音、地響きに、野が揺れる。  それを薄目を開けて眺める将門。隊列は、進みを緩め、ゆっくりと歩み始めた。隊列の、先頭には、武蔵野の牧の有力者、秩父氏を取りまとめている爺さんが位置し、この隊列を率いている。「秩父のジイ」と、皆に呼ばれている好々爺(こうこうや)だ。(あご)には白く長い(ひげ)(たくわ)えている。やせた細身ではあるが、戦闘能力は、まだ衰えていないような体躯ではある。一隊の中段には馬にまたがった少年が二人、最後尾には、少年とも少女とも判別がつかない若者と、秩父のジイの娘の子、孫であり、和田聖山(わだせいざん)の嫡男(ちゃくなん)、和田次郎(わだじろう)がいる。少年とも少女とも判別がつかない神秘な雰囲気(ふんいき)(かも)し出しているのは、長い褐色(かっしょく)の髪を後ろに(たば)ね、姿が美しい青年といったところの横山氏の香姫(かおりひめ)である。女の子だ。二人ともに、腰に刀を差している。中段にいる少年は、川越直介(かわごえなおすけ)と、その幼馴染(おさななじみ)、少しポッチャリ型の少年がいる。 隊列の後方、騎乗の青年、和田次郎が、将門に手を振りながら近づいて来た。 「将門さま~、こんにちは!」  土手に寝転がっていた将門は、半身を起して片手を上げる。 「ヨッ!秩父のジイの孫息子!また、都まで馬の献上(けんじょう)に行くのか⁉」 「はい!毎年のことです」 「あんな、都のバカ達に、この駿馬をクレてやらなければならん、とはな……、昔の、聖徳太子(しょうとくたいし)様とか、中大兄皇子(なかのおうえのみこ)様がいらっしゃった時なら、さもあらん!だが、今のバカ者どもに、コノ駿馬をやらねばならんとは、勿体(もったい)ない」  将門は、脇に置いておいた弓をとり、空に向って一矢、放った。すると少年の手元に、矢の刺さった(きじ)が落ちてくる。 「秩父の!食事に持って行け!」 と、少年の抱いた矢の刺さった(きじ)を指さした。 「有難うございます。将門さま!それでは、行ってまいります。将門さまも、お気をつけてお帰りくださいませ!」  将門は、次郎少年の言葉に、 「ああ、ここは、良い所だの、広々とした牧に、駆け回る馬。雄大なところだ。ワシはここが大好きじゃ」 と応え、また、 「この剣をオマエにやろう」 と、言って、一振りの幅広の古代刀を、次郎の方に差し出した。 「今の刀が、役に立たなくなった時に、使え。お前が持っておくのではないぞ!香姫に預けておけ。その刀を創り出したオカタは、たぶん、香姫に宿られておられる」 と、言ったところで、次郎が、馬を降りて、将門に近づいて来た。 そして、将門から剣を受け取り、マジマジと剣を見つめた。将門は、 「その剣は、都のアル宮に秘蔵されていた物。都を去る時に、頂戴して来た。熱田神宮に祀られておる、三種の神器のひとつ「草薙神剣(くさなぎのみつるぎ)」、それと同じく造られ、祭られるのではなく、実戦用の剣だそうだ。炎を操ると言われる剣だ。ワシも一振りしたことが有るが、操ることは出来なんだ。大火事になるは、自分は大火傷するはでナ、今の刀で如何にもならなくなった時、使ってみよ」 そう言うと、また、寝転び、目を閉じて牧の風と香を感じているようだ。  少年は、将門に一礼して騎乗し、馬を駆る。そして、隊列の先頭の秩父のジイに鳥を渡して、将門の方を指さした。秩父のジイは、将門の方に一礼して隊列をゆっくりと動かした。次郎は、隊列の後段に戻る。しんがりの横山の香姫も将門の方に一礼をし、馬を進めた。  この武蔵野の少年たちと、平将門の出会いは、二年前。  将門が、都で役人としての出世をあきらめ、この武蔵野の東隣の国の領主の息子として帰って来た頃の事。将門は、ちょくちょく武蔵野の広野とも牧(牧場)ともいえるコノ地に来ては(ひま)(つぶ)していた。  将門が、武蔵野の草原を眺める丘、この土手の近くの川辺で、(よう)()していた時である。将門は、背後に殺気を感じ、身を(よけ)ける。矢先の無い矢が飛んで来たのだ!その方角に目を()らすと、弓を(たずさ)えた少年がこちらにやって来たのだ。和田次郎である。  その少年は、腰に差した二本の木刀のうち一本を抜き、将門を指すようにして注意する。その少年、次郎は、将門に対して大きな声をあげた。 「オイ!おまえ!こんなところで小便なんかすんじゃネエ!ここから、下は、馬達の水飲み場だぞ!」  少年に怒られていると分かった将門は、恥ずかしさも有り、全身を震わせて怒りを(あら)わにした。そして、さっさと、身づくろいを直し、少年の方にむかって行く。 「オイ、オイ、随分、生意気な口をきいてくれるじゃないか⁉ワシを誰だと思っておる⁉」 「知らんわ!ただの小便たれじゃ!」 「俺はな、となりの国の領主(りょうしゅ)様の嫡男じゃ! 平将門(たいらのまさかど)様じゃ!」 と、言い放った時には、少年は、その将門の口上を無視するかのように(きびす)(かえ)して、河原の近くから丘に登って行く。 「オイ!コラ!聞かんか、小僧!」 と、将門は少年の後を追った。  少年、和田次郎は(きびす)を返して、もう一度、将門をめがけて矢先の無い矢を放つ。将門は、怒りに目を大きく見開き、 「小僧!」 と、飛んで来た矢を払い除け、刀を向いて少年に切りかかろうとした。少年は、その丘を駆け慣れているようで、将門の追手を右に左に(かわ)し、また、時々、アッカンベーと、将門を揶揄(やゆ)するのだった。転びながら、クタクタになりながらも、体力は少年を上回る将門が、和田次郎を(とら)えようとした、その時、丘の上から将門めがけて、石や枝木が雨あられと降り注いできたのだ。丘の上には少年と、その仲間らしきが、六人。横山香姫(よこやまかおりひめ)、猪俣鴇芳(いのまたときよし)、川越直介(かわごえなおすけ)、そして児玉本将(こだまもとかつ)、村山潮代(むらやまちょうだい)、西宗頼(にしむねより)。将門めがけてそこらじゅうの物を手当たり次第に投げつけてくるのである。  将門は、投げつけられる物を交わしながら、丘を駆け上がり、最初に自分に弓を引いた少年、和田次郎につかみかかる。その時である。少年の様な、少女のような、横山の香姫が両手を顔の前で組み、呪文のような物を唱える。妖術(ようじゅつ)であろうか?そこらじゅうの草木・枝が、将門に飛び掛かって来た。その前に、その少女から放たれた竹串のような矢が、風にのって将門に鋭く向かって行く。将門は、それを必死で払い除けた。その時、香姫が、 「アッ!」 と、ヤッチマッタ叫びをあげた。そこら中の物を手あたり次第、投げつけていたら、芋虫のような虫を次郎の方に投げてしまったのだ。次郎は、虫が大の苦手。次郎の顔にくっついた香姫の投げた芋虫を手の中で見をつめた。 「ぎゃ~!カオリ!てめ~」 と、香姫を睨みつけたものの、力が抜ける。香姫がアッカンベ~と、次郎にして見せる。次郎は、逃げ回る気力も力も抜けたようだ。将門は、やっとの思いで、和田次郎を捕まえた。 「このガキ!よくも人に矢を放ってくれたな⁉」 とは言ったものの、将門は、七人の子共たちに囲まれている。それに、彼らは、各々、武器になるものを手に持っていた。  将門は、 「このガキども!ワシが()らしめてやるワ。俺をなめんなよ!」 と、タンカを切って少年たち、一人づつ、相手にしようとしていた。少年たちは、二人一組というか、四人がかりで、代わるがわる、交代しながら、将門を攻めて来た。  苦戦する、将門。  少年の様な、少女のような、横山の香姫が竹串を右手に挟んで、将門に投げつけようとしていた。  将門は、捕まえた次郎を離し、 「分かった、分かった、ワシが悪かった。おまえらの勝ち!勝ちじゃ!降参する。じゃ~が、戦い方が、ガキのケンカじゃ!(たたか)うなら、戦い方を、もっと鍛錬(たんれん)しろ!ワシが、戦い方、教えてやるわ!」  この時からである。将門が、武蔵野の七人に、戦い方を教え始めたのは。 第二話 平将門と武蔵野  平将門(たいらのまさかど)は、先ず、横山(よこやま)一党の香姫(かおりひめ)に興味を持った。 「お前の後ろに、如来様(にょらいさま)のような、お方が浮かび上がるな。守護神(しゅごしん)というか、憑依(ひょうい)されているというか?」 と、聞いたが、香姫は、分からない、というように、おずおずと首を横に振った。 続けて、将門は、 「おぬし、すべての自然の物を自分の思い通りに動かせるのか?」 とも聞いた。  香姫は、上目遣いに将門を見つめ、軽く頷いた。将門は更に問いかける。 「竹串を相手の方に投げつけ、風に狙う相手に向って運ばせているのか?」  香姫は、またも、上目遣いに将門を見つめ、軽く頷いた。その時、次郎の話声が香姫の耳に届いた。 「おい、おい、カオリを、見てみろヨ。か弱い女の子みたいなブリッコしてネ?笑っちゃうよ」 それにムカついた香姫は、近くを飛んでいた蜂の群れを、次郎の方に向かわせた。蜂に追いかけられる羽目になった次郎。パニック状態で、蜂の群れから走り逃げ回る。  次郎の方を睨みながら、 「ば~か」 と、呟く香姫を将門は、感心したように頷き、眺めるのだった。そして、将門は、香姫から、4本の竹串を借り、両の手に2本づつ挟み、 「竹串は、片手に2本づつ持って、腕を釣り竿のようにしならせて、相手に向って右左と、順々に投げつけてみろ。そうして、4本の串を操れ」 と、香姫に微笑んで頷き、他の少年たちの方に振り返った。 「次に、ワシに弓を射た奴はだれじゃ?」  将門は、居並ぶ少年たちの顔を、窺った。  和田次郎が、手を挙げた。 「最初に、お前様に弓を引いたのは、ワシじゃ!でも、猪俣(いのまた)鴇芳(ときよし)の方が弓は上手だ。一番じゃ」 と、ケンカ腰のように答え、仲間の一人の少年を指さした。将門は、その少年を観て語る。 「それでは、猪俣(いのまた)の⁉弓の使い方を教えよう!ワシの横に来て、あの、坂の途中の木を狙って弓を射てみよ」  猪俣鴇芳は、平将門の横に立ち、手作りの弓に、矢を添え、矢じりを親指と人差し指で摘まんで引いて、一矢を射た。矢は、坂の途中の木に、コンと音を立てて当たった。それを眺めていた将門は、 「もう、一度、やってみよ!」 と言って、猪俣鴇芳の弓を射る姿を丹念に眺め、鴇芳が弓の弦を引いたところで、将門は、その動作を止めさせた。 「先ずは、弓矢の持ち方。親指と人差し指で矢を摘まむのではなく、人差し指と中指で、糸の方を掴み、目元迄引くようにする。矢尻は、糸に当て、指で挟むような感じだ」  鴇芳は、将門に言われた通りに弓を引き、矢を射た。今度は、矢が、坂の途中の的の木に突き刺さったのだ。 「よ~し、そして、遠くの敵に矢を雨の様に降らすよう、多くの人数で一斉に矢を射る時、弓の両端を両の足で支える。そして、弓を足の力で押すことによって引く。そして、矢を放てば、かなり遠くまで飛んで行く。皆でやれば、遠くの敵に矢の雨を降らせることが出来る」  鴇芳と次郎二人が、試してみた。丘の下の川の向こうの森まで届いた。 「よ~し!後の者は、刀と槍の鍛錬じゃ!誰ぞ、槍のような、長い木の棒を持っておらんか?」 と、将門が皆に訪ねる。和田次郎が、将門を突き刺すように木の枝を荒く削った、こん棒を差し出す。慌てて避ける将門、そのこん棒の先をグイッと握り、少年からねじり獲った。  将門は、こん棒を、肩、背中を利用して縦に横にグルグルと廻し始める。まるで、こん棒が舞を踊っているかの様だ。こん棒の回転は徐々に速くなり、少年たちの目が追いつかない速度まで回転させている。そして、最後に、将門は、グイっと和田次郎に突き刺すように顔の寸前で止めてみせた。 「ほら、返すよ。馬上では両手を使って槍は回せ!決して馬に当たらぬように!」  それから将門は、腰に差していた自らの剣を抜き、縦斬り、横斬り、突きの型を舞う様に少年たちに見せた。 「これが、剣の型だ。この型で、木の枝が折れるくらい、当たった一瞬に力を込めて叩く練習をしろ!」 と言い、将門は、少し離れた所の木に繫いでおいた馬に跨り、牧の東に駆け、去って行ったのだった。 それから少年たちは、毎日のように、牧で馬の世話をしながら、武闘の鍛錬を始めた。 秩父のジイの孫、和田次郎。次郎に寄り添う、男勝りでブリッコな横山香姫(よこやま かおりひめ)。沈着冷静な面構えの猪俣鴇芳(いのまた ときよし)。香姫が大好き、臆病者の川越直介(かわごえ なおすけ)。そして、次郎たちの幼馴染、児玉本勝(こだま もとかつ)、村山潮代(むらやま ちょうだい)、西宗頼(にし むねより)。秩父氏から派生した、この武蔵野の牧の武士団の長の子供達だ。 横山香姫を除いて、皆は、二人一組となって木刀での稽古。 臆病者の川越直介は、相手の剣をうけながら、及び腰である。ただ、香姫が、見ていると感じた時は、がぜん張り切る。香姫、命で最強になる。 掛かり稽古が一段落して、皆が弓の稽古に入る。淡々と的の木に当て続ける猪俣鴇芳。将門に教わった、足で弓を引く方法で、どこか遠くまで矢をとばすこともマスターしている。 香姫は、先ほどから、将門に教わった通りに、竹串を片手に2本づつ、代わるがわる投げて、4本全てを的の木に突き刺している。目標の遠くの木に投げつけ、両の手を目標に向って強く真っすぐ伸ばす。気を送っているのだ。空気が、強い風となり、香姫の操るまま竹串は勢いよく飛んでいき、目標に突き刺さる。それを、不思議そうに興味深そうに感心しながら和田次郎は眺めている。 「な~、カオリ!竹串なんか、投げて、料理の練習してんのか?串の指し方より、味付け勉強してろヨ!それより、俺をあの木に向って飛ばすことできるか~?」 「う~ん、出来るかもネ。やったことないけど」 香姫は、大人しく、応えているが、目は、怒りに燃えている。 「やって、やって!やってみて~、カオリちゃん」 「うん!分かった」 と、香姫は次郎の後ろに回った。怒りに燃えた眼差しを次郎の背に送る。次郎は、両腰に木刀を差し、長めのこん棒を握りしめ、目標とする遠くの矢の的にしていた木を睨みつけている。 「いくよ!」 と、香姫は次郎に合図を送る。 「オぉ!」 香姫が、次郎の背を押すように両手をまっすぐに気を送る。 目標に向って、次郎が飛んだ。目標をじっと睨んで飛んで行く。かなりのスピードで次郎が真っすぐ飛んで行く。目標に頭が突き刺さるくらいにぶつかりそう。寸前で、こん棒を突き刺し、こん棒をバネに木の上方に飛び、両の木刀を抜き、枝を打ち、太い枝に飛び乗った。そして、香姫に、 「あぶねーな、思いっきりぶつかるところだったじゃねーか⁉」  香姫も、みんなもビックリ! 「すげーな、カオリ」 と絶賛だ。香姫は、少し頬を赤らめて、手を(イヤ、イヤ)と言う風にヒラヒラと振る。その所為だろうか?次郎は、突然、枝の上で左右に揺れて、木から落ちてしまう。 ドスン! それを、遠目に見た皆は、次郎の元に駆け寄った。 「大丈夫か?次郎」 「死んだか?」 「すげーな、痛かったか?何か言い残すことないか?」 「香姫と次郎は、最強のコンビか?」 香姫は、頬を赤らめ俯き、次郎は頭を掻きながら香姫に言う。 「カオリ!明日から俺ら、コレ、練習しねえか!俺は、カオリの操り人形だ!」 夕陽の中、皆の笑い声が上がる。川越直介は、少し悔しそう。 「カオリヒメ!俺も飛ばしてみてくれ!」 と、川越直介が、香姫に願い出た。 「良いけど・・・・・・大丈夫かな?」  香姫は、川越直介の後ろに回って、その背中を押すように気を送った。しかし、川越直介は、飛んでいかない。懸命に、苦しいほどにカオリヒメが念を、気を送る。  川越直介は、心配そうに自分の後ろで気を送り続ける香姫を観て、問いかける。 「俺では、ダメなのか?」 「いや、あの、人を操作したことないから分からないけど、和田次郎は簡単だった」  小首を傾げる香姫。そこで、児玉本勝、村山潮代、西宗頼と次々に自分を飛ばしてくれと、香姫に申し込んでくるが、香姫は誰も飛ばすことが出来ない。 そこで、猪俣鴇芳は、冷静に言う。 「何かにぶつかって壊れる物は、飛ばせられないんじゃないか?次郎なら、何処の何にぶつかっても大丈夫だ。大したケガもしない」  皆は、呑気に上を向いて空を眺めている次郎を見つめて、納得した。 それから、香姫と次郎、二人は技に磨きをかけた。次郎は、香姫に飛ばされ、アチコチ操られるも、楽しそう。しかし、向かう先に小さな虫でもいようものなら、大騒ぎ!次郎は、虫が大の苦手。たまに、香姫は虫を操り次郎を追い駆けさせる。逃げ惑う次郎。皆、大笑いだ。 毎日の様に、次郎と香姫の練習は続く。木刀や槍を持った次郎を香姫が縦横無尽に操る。リモコン飛行機や、ドローンを操つるがごとく。 弓の達人、猪俣鴇芳は、淡々と弓の練習を重ねる。猪俣鴇芳が放った矢を香姫が、操る練習もしている。矢を直角に曲げてみたり、Uターンさせてみたりと香姫が操っている。 そして、武芸の稽古は、毎日の様に続くのだった。たまに、将門が指南して、秩父のジイが優しく見守る。穏やかな武蔵野の牧の日々。  そんな日々の中、年に一度、数十頭の駿馬を都に献上に行くのであった。 秩父のジイを先頭に、猪俣鴇芳(いのまたときよし)が続き、中段には馬にまたがった少年が二人、和田次郎(わだじろう)と川越直介(かわごえなおすけ)、最後尾には、少しポッチャリ型の少年、西宗頼(にし むねより)と、少年とも少女とも判別がつかない横山氏の香姫(かおりひめ)である。 第三話 石の城 武蔵国の三十頭もの駿馬(しゅんめ)の隊列は、西を目指す。海側(うみがわ)の道ではなく、山側の道を行く。東山道。 最初の山の関を超えたあたりで、草木は無くなり、砂漠の様な平野(ひらの)に、石の城壁に囲まれた城塞(じょうさい)が現れる。モクモクと、砂煙(すなけむり)を巻き上げる馬の隊列の一行は、走るのを止め、都に献上(けんじょう)する馬を城壁の門の直ぐ内側にある馬留(うまどめ)(つな)ぎ休ませ、城壁の馬留(うまどめ)の番人に世話を頼み、ゆっくりと城壁の中に入り、今宵(こよい)の宿を求めようとした。一行は、去年と同じ宿の方角に向う。しかし、城壁の内側の街の人々は、以前とは違い、死人?ゾンビ?のような疲れ果てて何の気力もないような動きで通りを行きかい、働いている。去年までとは、激変した街の風景。去年までは、この街は、かなり活気づいていたはずなのだ。 街の雰囲気に違和感を覚えながらも、秩父のジイの一行は、自分達と、自分達の騎乗している馬の宿舎を求めた。この街の人々は、去年とは、うって変わり生きる気力のない、絶望の淵にいるようだ。 「う~ん、去年までは、活気のあった街じゃったがのう?」  秩父のジイは(あご)に手をあて、城塞の内をゆっくりと馬を進め、街を眺め(つぶや)くのだった。次郎たちも不思議そうに街の中を眺めている。 暫くして、城壁の内の大通りを行きかう人々が、突然、道を開け、道の両端にひれ伏した。 城門から、巨大な土蛇(つちへび)を先頭に、屈強な兵士にかつがれた輿(こし)が入って来た。輿(こし)の上には、なんともお地蔵さんのような、小さい叔父さんが鎮座(ちんざ)し、道のアチコチをゆっくりと眺めている、(にら)みを()かせているのだった。道端の人々は、決して顔を上げず、目を合わせない様にしている。隊列が通り過ぎた所から、人々は立ち上がり、隊列を見ない様にその場を立ち去るのだった。 一人の男の子が、親の手を払い、立ち上がり、輿の上に鎮座する地蔵のような伯父さんを指さして、 「お地蔵さんが、(かつ)がれてるゾ!」 と、笑いながら言葉を発したその瞬間!輿(こし)の上の地蔵様に睨まれた。そして、地蔵様から何か得体のしれない気が子供に向けられ、子供は、一瞬にして石と化し、地蔵にされてしまったのだ。 石の地蔵と化した子を撫ぜながら、泣き叫ぶ父親。しかし、誰もそれを無視するかのような態度である。微動だにしない。ひれ伏している、と言うより輿の上の地蔵様と目を合わさない様にしているのだ。 「この日照り坊(ひでりぼう)を指差すなど言語道断!」 と、輿(こし)の上の地蔵様、日照り坊は喝を入れ、ひれ伏す、その子の父親を(にら)みつけるのだった。 その輿の隊列の行く先にある、邪魔と思えるものは、先頭の大きな土蛇が尾で吹き飛ばしてしまう。その輿の一行の後ろに、また一つの隊列が続いてやって来た。都から来たのであろうことが、従者と彼らに守られた牛車の(あで)やかで、(みやび)な装いで分かる。 都から来たのであろう、騎乗の武士に囲まれた牛車の隊列は、香姫のいるところで止まる。 牛車の小窓が開かれ、中から、公家らしき男が顔を出し、香姫に声をかけた。 「オイ!お前、武蔵の国の者か?そちの乗っておる馬は見事じゃのう~、ワシに置いていけ!」 「はあ~?馬鹿か、おっさん⁉」 「なんじゃと!ワシは源基経(みなもとの きつね)、これから武蔵国の権守になる者じゃ!都から、今、武蔵国に移動しておるところじゃ」  そこへ土蛇と輿(こし)に担がれた日照り坊が戻って来た。 「どうなされました?源様」 「こやつ!その馬をワシに渡せと申しておるに、馬鹿か、と申しおった」  それを聞いて、日照り坊は、香姫に、 「オイ!馬を置いて去れ!」 と脅すように言う。 「馬鹿か?お前も。人の物が欲しい時は、下さいとお願いするもんだ!教わらなかったのか?」 と、香姫も負け地と強い言葉で返す。  日照り坊が、怒り心頭に達したその時、土蛇の巨大なシッポが香姫を馬ごと吹き飛ばしてしまったのだ。隣に騎乗していた西宗頼(にし むねより)も、その勢いで吹っ飛ばされた。  香姫を気遣い、次郎たちは、馬を降り、その元に素早く集まる。 「何しやがんだ!」  (みんな)は、臆病者の川越直介を除いて、刀や、槍で土蛇に挑む。  川越直介は、刀を構えてはいるが、震えている西宗頼の後ろに、やはり震えて隠れている。 土蛇に、二刀流で立ち向かう次郎。鴇芳(ときよし)は、無心に矢を放つ。香姫は、竹串を土蛇に向って投げ続ける。秩父のジイは、槍で応戦、少年たちを助ける。 ナカナカの戦闘能力をみせる少年たちの攻撃に、土蛇は何処かへ退散してしまった。 怒りを(あら)わにしている輿(こし)の上の日照り坊。 「ゆるさ~ん!」 と、香姫を(にら)みつけて、気を飛ばそうとした、その時!川越直介が、香姫をかばう様に前に飛び出した!日照り坊の(にら)みから放たれた不思議な気は、川越直介に当たる。  川越直介は、石の地蔵と化してしまった。 「あ!」 「エッ!」  驚く、次郎たち。(みんな)は、石の地蔵にされた川越直介の前に座り込み、拝む次郎に、 「拝むナ!」 と、次郎の頭を小突く。 「なおすけ~」  それを尻目に日照り坊の一行は、城塞の中心にある城に向った。源基経(みなもとのきつね)達も、それに続いたのである。  次郎は、その一行を追い駆けようとする。 「まてー!コノヤロウ」  追いかけて来ようとする次郎に、気付いた源基経(みなもとのきつね)の一行は、日照り坊の隊列を抜いて、先に走り去ってしまった。そこで、日照り坊が、次郎を睨みつけ気を発しようとした瞬間、秩父のジイが、次郎の腕を掴み追うのを止めた。  石の地蔵にされてしまった川越直介を見つめ、泣き続ける少年たちを(なだ)めるように、秩父のジイが言う。 「先ずは、宿に入ってから、この街の事情を探り、聞こう。よい、解決策を教えてもらえるかもしれんから」  秩父のジイを先頭に、一行は今宵(こよい)の宿に向う。  次郎は、石の地蔵となった直介に、 「明日、絶対、奴を倒して、元に戻してやるからな……」 そう言って、名残惜しそうに宿へ向かうのであった。  皆も、名残惜しそうに石の地蔵となった直介に手をふる。  旅籠屋(はたごや)の前に馬を止め、秩父のジイを先頭に宿屋に入る。  いつもの旅籠屋(はたごや)の主人も女将も仲居も様子がおかしい。 「今晩、一晩、厄介なる秩父じゃ。そして、連れの者ども」 宿の主人は、一瞬で態度を変え、揉み手で、にこやかに一行を迎えた。 宿の女中と思わしきが(みんな)を部屋に案内する。 宿の主人は、先に宿泊の御代を請求し、秩父のジイから銅銭を受け取った。そして、 「落ち着きましたら、こちらにお食事をご用意しておきます」 と言って、忙しそうに食事をとる先の客達に給仕をして回るのだった。  女中と思わしき者に、部屋に案内され茶をいれてもらっている時だ。秩父のジイが、 「ところで、先ほどの地蔵のような一行は誰じゃネ?去年と街が随分、変わった気がするが」 と、訪ねた時、女中は一瞬、顔の血の気が退()いたようだ。 震える手で差し出す茶を、少し(こぼ)しそうになった。 そして、辺りに聞いている者が無いのを確認して小声で話し始めた。 「昨年、城主の武蔵野武志(むさしののたけし)王が、武蔵野の村に子供を殺める妖怪がいるとのことで、成敗に出陣された時です。その隙に、あの日照り坊とやらが、大蛇とともに城に入り、城を乗っ取ってしまいました。それからというもの、街の中で気に入らない者が居ると、石にしちまうんです」  女中は、そう話すと、また、周りを気にしながらソワソワし始めた。 「今の話、私がしゃべったなんて言わねぇで下さいね。私も石にされちまうから……」  次郎達は、荷解きをしながら、その話に聞き耳をたてている。  秩父のジイは、続けて、 「石にされた者を、元に戻す方法を知ってますかの?」  女中は、下を向いたまま首を左右に振り(つぶや)いた。 「分んねえです。けれど、勿論、あの日照り坊は知っている、との噂は聞いたことがあります」 秩父のジイは、 「そうですか、明日、聞きに行ってみないといかんか……」 と、(つぶや)き、(みんな)を急かすように 「さあ、夕餉(ゆうげ)をとって、早く寝て、明日は早めに出陣じゃ!」 と、言って茶を一気に飲み干し、立ち上がり下の食事処に向うのだった。次郎たち一行も強い決意を表し頷きあい、秩父のジイに従った。  翌朝、まだ日の明けきらぬ早朝、秩父のジイ、次郎たち一行は、宿を後にし、城塞の中央にある城へと向かった。ゆっくりと馬の歩みを進めながら。  そして、城塞の中心にある、石造りの城の前に一列に並ぶ。猪俣鴇芳(いのまたときよし)が、弓に矢を2本添え、狙いを定め城に向って射る。  警護の二人をその矢が貫いた。絶命の叫び! 「お~い!昨日の奴らの襲撃だ!みんな、出てこ~い」 城内はザワつき、十人余りの兵士が城門から城壁外に出てくる。 「昨日の奴らか」 「やっちまえ、爺と子供じゃないか⁉」 それに向って猪俣鴇芳(いのまたときよし)が、弓を引き、矢は、正確に兵士を貫いている。 香姫は、竹串を4本飛ばし、兵士達に当たるように操っている。 そこで、次郎が香姫に、 「カオリ、俺を奴らの方へ飛ばしてくれ!」 と声をあげた。香姫は、その言葉に頷き、次郎の背に気を送り、兵士達の方に飛ばした。  次郎は、両の手に刀を持ち、兵士達の方に飛んで行く。そして、戦い、最後の兵まで倒し続けるのだった。倒れていく兵を、石造りの城壁の上から眺めている者がいた。日照り坊である。  先ずは、土蛇が次郎たちに向って来た。香姫は、次郎を操る。次郎は、縦横無尽に土蛇の周りを旋回しながら土蛇に攻撃を加えている。その合間をみて、鴇芳が、弓で矢を射る。土蛇に当たりはするが、刺さらない。次郎の剣では、傷さえつけられない。秩父のジイが、槍を投げる構えにはいり、香姫に目配せをする。頷く香姫。秩父のジイの放った槍が、香姫に操られ土蛇に見事に刺さったのだ。巨大な土蛇は城内に退散。(案外、弱い?)  そして、日照り坊は、次郎を睨みつけている。次郎が、日照り坊の前に飛んできて立ちふさがった。日照り坊は、眼力で気を次郎に送ったが、次郎は、2本の剣を交差させて跳ね返す。そして、その反射した気に当たった兵士達、猪俣鴇芳(いのまたときよし)が放った弓矢、香姫の串、近辺の木々、が石と化した。気を跳ね返す次郎の一本の剣も石と化した。残された剣で次郎は、日照り坊に飛び掛かる。 「覚悟しろ!この地蔵野郎!」 と、剣を振り下ろそうとした。  その時、日照り坊は、チラリと次郎を操っていた香姫を見て、ゾッとした。 「⁉」 日照り坊には、香姫の後ろに守護霊のようなものが見えている。自分を創り出し、置いてけぼりにして、何処かに行ってしまったアマテラスを見た気がしたのだった。 「待った、待った、降参、降参です」  日照り坊は、両の手を挙げた。  次郎は、 「うん、分かった」 と、言って剣を両の腰に差していた莢に戻した。  次郎の周りに秩父のジイと、一行が集まって来る。日照り坊は、香姫をみて、一歩退いた。 「おぬし、自分に守護霊が付いていることを知っているか?」  日照り坊の問いに、小首を傾げる香姫。 「さあ~、ただ、物を動かす力を使う時、背後で何かに守られている気がする」  香姫の返答に、目を閉じて考え込む日照り坊。 そして、日照り坊は、昔を懐かしむように語り始めた。 「神の国、高天原(たかまがはら)三柱の神の一人、「天之御中主神(あめのみなかぬしのかみ)」の使いとして、あの巨大な土蛇様と、もう一方、アマテラス様が葦原中国(あしはらのなかつくに)の武蔵野の地に降臨された。アマテラス様は、五穀豊穣を司らねばならないのに、雨が大嫌い。ワシを創り出して、兎に角、雨を降らすなと、子供の晴地蔵(はれじぞう)を毎日、ワシに作るよう命じられたのじゃ。ワシは、毎日、雨が降らぬよう、村の何人もの子供を石の地蔵にして晴祈祷をさせられ続けたのじゃ……」 と、悲しむような、悔いるような表情を見せ、話を続ける。 「雨が降らねば、草木も育たん、枯れる。人々は、雨乞いをする。その願いを、三柱の神の一人、「高御産巣日神(たかみむすひのかみ)」が聞届けて、雨を降らす。怒ったアマテラス様は、何処かにいなくなられた。「葦原中国(あしはらのなかつくに)の武蔵野に残された土蛇様とワシを、村の住人は、忌み嫌っておった。ワシらを退治しに此処に居城しておった王が、此処を出た隙を狙って、ワシらは此処を乗っ取った。それから、城塞の中の皆にワシらをあがめさせたのじゃヨ」 「ワシらを退治しに出た、ここの武蔵野武志(むさしののたけし)王は、都からの命令で武蔵の王を交代するようじゃ。もう、都に帰られたとか。そして、その代わりに興王(きょうおう)が、武蔵の国に入られたとか聞いたぞ。昨日の(みやび)な一行は、源基経(みなもとのきつね)様じゃ。これから武蔵国の権守になられるとか……」  そこで、秩父のジイは、 「武蔵の国の王が変わったのか?」 と、日照り坊に問うた。 日照り坊は、頷き、 「そろそろ、ワシらも武蔵野に帰るワイ」  そこで、次郎が、 「そんなことより、オイ、石の地蔵にされた直介を元に戻せ!」 と日照り坊に詰め寄る。日照り坊は、 「ワシは、元に戻す方法など、よく知らんわ。その娘の守護霊がアマテラス様なら、その方に聞いてみヨ……」 と言いながら、懐から何やら水筒のような竹筒を取り出し、次郎に差し出した。 「そう言えば、昔、アマテラス様から聞いたゾ。その中の水を晴地蔵にした者に掛けると、元に戻るとか」  それを聞いた次郎は竹筒を取り、村中の石に去れた子供の地蔵に走った。そして、子供の頭から、竹筒から水を全て掛けた。  石の地蔵は、頭の先から徐々に元の子供に戻ったのだった。 「やったー!元に戻った!」 と、次郎は嬉し泣きしながら直介の方に行くのであった。しかし、次郎に竹筒の水を掛けようとした、が、聖水がもう、無い。次郎は、急いで日照り坊のところに戻り、 「ありがとよ、オッサン!」 と軽くゾンザイに礼を言う。日照り坊は、その無礼な言葉に少し憤慨しているようだ。  次郎は、竹筒を日照り坊に返し、 「もうちょっと、くれ」 「この街の子供たち全部、そして直介も、元に戻してやりたいから」  次郎のその言葉に日照り坊は、 「それが、最後じゃが・・・・・・」 と、キョトンとして次郎を見つめた。 「え⁉……」  困った顔の次郎を、(みんな)が睨みつける。 「いや、オッサン、そんなこと、先に言ってよ~」 と、頭を掻く次郎を、またも(みんな)が睨みつけている。  日照り坊は、 「いや~、あの聖水は、一滴かければ良いので、まさか、中身、全部、最初から掛けるとは思わんじゃったワイ。普通、恐る恐る、少しづつ掛けるもんじゃろう?」 と、言って、次郎を不思議そうな表情で眺めた。 「えっ!いや、一気に直してやりたいじゃないか?本当にもう、無いの?」 次郎の困ったような問いかけに、日照り坊は、強く頷いた。  (みんな)の怒り心頭の睨みに、困惑する次郎。 「頼むよ、お地蔵さん!」  日照り坊は、目を閉じ、必死に思い出す。そして、手を打って、 「そうじゃ、都までの途中、伊勢の社の清水と、そのまた手前の馬を献上する多度の社の清水を混ぜて、かけてやれば、石の呪縛が解けて、元に戻る……、と聞いたような」 「伊勢の社の清水と、多度の社の清水だな!よ~し」 「みんな、早速、出発だ!」  次郎は、片腕を空に突き刺すように揚げる。(みんな)も、 「おう!」 と、次郎に賛同し、次郎の頭をボコボコに殴るのであった。 そして、一行は、秩父のジイを先頭に都へ隊列をゆっくり進めるのだった。 第4話 鬼女 呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)  甲斐の国から信濃の国に入ったあたり、難所と言われる峠を、馬達を一列にして乗り越えて出た森のあたり。小さなお社がある。ここ数年、秩父のジイや次郎達は、このお社で休憩をしてから、飛騨の国を目指すことにしている。このお社は、もとは、地場の森の神をお祭りしたらしいのだが、ここ数年は、次郎や香姫が寄り始めた頃から、飛騨の国からこられた女神様がいらっしゃるらしいのだ。香姫には目に見えるらしい。とても綺麗な女神様だという。それに、香姫に対して、上から目線ではなく、静かに傅く侍女の様に接して下さっているらしかった。次郎たちには、目に見えないし、感ずることもないのだが、香姫が、 「こちらの女神様は、アマノウズメ様と言うらしいの。飛騨から色んな魔物がうろついて出てくるので、ここで、そのような魔物から皆を守ってくださっている、らしいの」  香姫は、ここで女神様の話を熱心に聞いているようだ。 「あら、いやだ~、怖い~」 と、香姫が、弱々しい女の子の声色を出すので、次郎達は、一斉に 「は?」 と、香姫のほうを見た。 香姫は、 「呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)、っていう鬼女が、美しい女の姿で、男達にお酒を飲ませて、舞を見せながら、突然、食いかかって来るらしいの……」 と、女神さまの話を伝えてくれた。が、次郎達にすれば、 「別に、俺ら、酒は飲まないし、それに、お前は、女じゃねえか?」 「食われんのは、秩父のジイ様くらいだ」 そこで、座り込んで酒を一口と、水を一口と代わる代わるに飲んでいた秩父のジイが、 「なんか?言うたか⁉」 と、呟くように皆に問いかけた。それから、秩父のジイは次郎達を見廻して、腰を上げ、お社に手を合わせた。 「さあ~、そろそろ、出発するかの。これからの安全の為、神様を、よう~、拝んでおかんとの」 などと、独り言を呟くように自分の馬に向かって行った。  次郎は、 「そうだ、そうだ。ジイ様、魔物に喰われませんように、と、よう拝んでおけ」 と、秩父のジイを囃した。  一同は、馬を二列にして、山の細い道を通り、木曽、飛騨、美濃を目指す。少し進んだ林を抜けた、開(ひら)けたところで、反対側から、綺麗で、艶やかな姿の女の旅人達が、二列で六人くらいがコチラにやって来たのだ。旅の踊り芸一座のようだった。少し、俯き加減ではあるが、上目遣いで次郎達を視野に捉えている。通りすがりに、先頭の女が、こちらの先頭の秩父のジイに、声をかけた。 「馬飼様、随分りっぱなお馬ですわね?3~4頭頂けませんかね?私どもの舞とお酒など、ふるまいまするに?」  秩父のジイは騎乗のまま、ゆっくりと首を横に振りながら、 「いや、これは、都への献上品じゃ。お渡しはできかねる」 と、即座に断った。女は、納得したように静かに頷き、尋ねる。 「ほ~、都にですか?私たちは、都から武蔵国に派遣された源基経(みなもとのきつね)様、武蔵国の権守になる方の後を追っておりまする。どこぞでお会いになられませんでしたか?」  秩父のジイは、先の城塞の街、川越直介が石の地蔵にされた街の事を思い出した。 「この先の、甲斐の国の、石の城塞の街でお会いし申した」  その言葉に最初は女は、 「そうであるか、急げば間に合うの~」 (など)(しと)やかに呟いた。そして、 「馬を六頭、こちらに渡せ!」 と、女の話し方は急に強い語気で命令調になった。秩父のジイは、軽く手を振り断る。 「は、は、何をお戯れを」  女は、更に語気を更に強め 「戯れなどではない!サッサと渡せ!」 と、秩父のジイを、持っていた金属の杖で射し殺そうと飛びついて来たのだ。間一髪で秩父のジイは、自身の槍でこれを防いだ。 「何をされる!」 もう女は、綺麗で華麗な女人ではない。人食いの鬼女と化していた。女たちは、全員、戦闘態勢に入っている。 次郎たちは、馬を道の脇に集め、馬を降り、秩父のジイの周りに集まった。 秩父のジイは、 「そなた、飛騨に隠ぺいされていた呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)か?」 そう、叫びながら対峙した鬼女の首領と思える者の喉元に槍を一突きした。しかし、鬼女は、激しい形相で、手にしていた金属の杖で、その槍を上に払い飛ばしのだった。宙に槍を飛ばされた秩父のジイは、武器が無い。そこへ、鬼女は、 「いかにも、ワラワが呉葉鬼紅葉(くれば おにこうよう)じゃ!」 と言って、杖で秩父のジイを刺し殺そうと、一突きしてきた。次郎が寸前のところで、刀を当てて杖の矛先を変える。鬼女の金属の杖は、秩父のジイの頬をかすり、そこに一線の浅い切り傷が入る。秩父のジイは、傷から少し、出血はしているが、大したことは無さそうだ。しかし、その傷を見て鬼紅葉は、薄ら笑いを浮かべている。次郎が、すかさず鬼紅葉に、一刀両断に刀を振り下ろすが、鬼紅葉の杖に、こちらも宙に吹き飛ばされた。鬼紅葉は、薄ら笑いを浮かべながら、 「わらわは、魔王との契約で生まれた娘子。母と京に出て、琴を奏で、舞を踊り、評判の娘となった。源基経(みなもとのきつね)に見初められ、囲われた。わらわは、その正妻の座を狙って、正妻を呪い、食い殺そうとしたところを、陰陽師に捕まり、飛騨の戸隠山に幽閉されたのじゃ、各地から魔物を呼び寄せ、優美な旅芸人の姿で村々を廻っておったら、なんと、あの、源様が、東征され、都から武蔵国に行かれるとか。それを追っておったのじゃ」  次郎は、 「俺らは、武蔵国から京に向っているんだ!お前なんか、武蔵国に行かせるか!」 と、叫んで、弓を射た。そして、宙に飛ばされた刀を掴み直して、鬼紅葉にむかっていった。 「え~い!シツコイ、ガキじゃ」 と、鬼紅葉が金属の杖で次郎を刺し殺そうとした、その瞬間、香姫が、気を使い、次郎を上空に上げた。そして、香姫は、両の手を次郎に向って思いっきり下げた。次郎は、急降下して鬼紅葉めがけて突っ込んでゆく。そして、鬼紅葉に刀を振るった。一瞬のところで、鬼紅葉は、次郎の攻撃をかわしたが、香姫の守護霊のような者が背後に控える姿を見て、驚き慄いた。その次の瞬間、何処からともなく、アマノウズメが、身体ごと、鬼紅葉を貫き去った。苦しむ鬼紅葉。 「引き揚げよ!」 と、鬼紅葉は、他の鬼女の皆に命じ、飛ぶがごとく姿を消したのだった。次郎達、皆は、今、目の前で起こったことが速すぎる幻のよう。夢なのか、幻だったのか?ポカ~ンとするばかり。今、そこに香姫の守護霊と言われるアマテラスの姿も、一瞬、現れ消えた女神、アマノウズメの姿も見当たらない。  香姫が、ポツンと呟く。 「飛騨の戸隠山に逃げ帰ったようだヨ。旅の途中には私たちを、襲って来ないって」 そこで、次郎は、 「カオリ、オ前、誰としゃべってんの?」 「うん?女の人。女神様かな?鬼紅葉は、飛騨に逃げ帰ったけれど、両面スクナという顔が前と後ろに二つあって、手も足も4本ある緑色の大男がまだ見つかってないんだって。気を付けなさい!って言われた」 次郎は、そう言われるその姿を考えながら、 「なんだ?そりゃ⁉」 と、姿がさっぱり思いつかないようだ。  秩父のジイが、 「さあ、出発じゃ!途中、多度(たど)大社にもよって、聖水頂かないとの」 と、言って一同の出発を促した。一行は、更に西に向かう。 第5話 妖怪鬼 ガゴゼ  都に続く山の道(東山道)は、海の道(東海道)と違い、崖、谷など(けわ)しい場所も多い。しかしながら、馬などが通り易い森、林、牧場を抜けることも多々ある。秩父のジイの一隊は、信濃、木曽(現在の長野県)を越え、美濃(現在の岐阜県)の高原に入った。  春から夏にかけて、野の花に()でられて、桜は、地上の静かな死の世界のような冬に終わりを告げさせ、枝を張り、咲き誇り乱れ、生に芽吹き、生に舞い上がり、花の嵐となる。桜吹雪は、壮大な人生の幕引きにも見える。武士の切腹、名残り・怨念を隠し、みごと、その生に終わりを告げる。  桜に続き、つつじが、紫、ピンク、白と花を付けて、咲き誇る。シモツケ、小手毬、エゴノキ、ウツギが白き花を着けて、ベニバナトキワマンサク、乙女椿が赤き花を抱き、山吹、ビョウヤナギが、黄色を彩る。  そして、虫どもが、ブンブンとワガモノ顔で、人を威嚇する。  山の道には、和田次郎が、最も苦手な虫たちが多く生息している。  今、一同は、都に献上(けんじょう)する馬達に草を食わし、自分の馬は木に繫ぎ、そのそばで休憩中だ。香姫は、野の花を愛で、少し摘んで、(つな)いで花の冠を作っている。しかし、そばで虫に(おび)え、騒いで走り回っている和田次郎が、鬱陶(うっとう)しくてしかたがない。 「うわ~!クモだ~、何で飛んでくるの~!」 「うえ~、テントウムシ!ハチ?ブヨ?」 「蚊か?ハエか~?」 と、騒がしく、近寄ってくる虫たちから逃げ回っているのである。 「カオリ~!助けて~、そんな所で何してる~?」  野の花を摘んでいた香姫が、 「ウ・ル・サイ!お花を摘んでるの!」 と、怒るように声をあげた。 「そこ、さっき、俺が小便したとこじゃねえか?」 と、和田次郎は、虫から逃げ回りながら叫ぶ。 ⁉…… 「うるさい!」 と、香姫が、次郎を目がけて近くの石を投げつける。次郎は、飛んでくる石を軽くかわしてしまう。得意顔だ。しかし、香姫は、次郎にかわされた石を操り、Uターンさせて次郎の後ろ頭に当てた。石を後ろから当てられた次郎は、 「痛~!卑怯だぞ!カオリ……」 と、後頭部を両手で押さえて(うずくま)る。  そこへ、獣皮の衣姿で髭モジャラの大男が現れた。その男の肩には、若い娘が気を失った状態で担がれている。男は、何かに、足を噛まれたか?足を引き()っていた。  その大男は、秩父のジイに、声をかけた。 「馬飼殿、1頭、馬を頂けませんかね?犬に噛まれた足が痛うて、飛騨(ひだ)の鬼神様のところまで歩いては行けそうもないワイ」  秩父のジイは、ゆっくりと手を横に振りながら、 「いや、これは、都への献上品じゃ、お渡しはできかねる」 と、断った。大男は、静かに(うなず)き、(たず)ねる。 「ほ~、都にですか?私は、以前、奈良の元興寺(がんごうじ)に居ったことがあります。今は、都から遠州府中(静岡県磐田市)に移ったのじゃが、暴れ犬に噛みつかれて、この通りじゃ」 などと呟きながら、右足の(ひざ)の辺りを()ぜるのであった。それを同情気味に見つめていた秩父のジイは、ふと、男が肩に抱えていた女を指さし、 「ところで、その女人は?」 と、心配そうに尋ねた。  男は、 「まあ、色々あっての……」 と、ハッキリしない。口ごもる。  秩父のジイは、同情気に、 「馬は、1頭、差し上げたいが、途中で多度の神社に行く用ができての。その神社には、馬を献上する習わしがあるので、1頭献上用に減らすわけにはいかんのじゃ」  大男が、 「しかたないのう……」 と、一瞬、険しい顔に変り、立ち上がろうとした、その時! 「助けて下さい!」 と、大男に担がれていた女人が、男の肩から飛び降りて、秩父のジイの背に隠れ、しがみ付いたのだった。 「この男は、ガゴゼという鬼です。私は、村から攫われてきました。食べられてしまいます!」 と、身体を震わせて秩父のジイにしがみつき、その後ろで小さくなっている。それを睨みつける大男。 「え~い、だまらんか!あの犬に噛まれておらねば、お前を、サッサと食っちまってたわ……、この足の傷を治してもらうために、飛騨のスクナにお前を土産に持って行かなくてはならぬから、生かせておいたのだ!この場で、このジジイの連れの子供ごと食ってやろうか⁉」  そう喚きながら、大男の顔が、鬼の形相に変る。肌の色は、薄い茶色。目は大きくむき出したようで、吊り上がり、白色は無い。全体的に金色だ。口は、大きく両方の端がミミあたりまで吊り上がり裂けた様で、イノシシ、ヒヒのような牙が左右両上に突き出ている。  秩父のジイは、その変化(へんげ)ぶりに、(ひる)むことなく、背にいる女に、 「そなた、あちらの少年たちの所に行って、そこで控ておれ」 そう言って、女人をかばう様にしながら、女人に自分から離れ行く様、せかした。 「そちが、遠州府中(静岡県磐田市)の田畑を荒らし、白羽の矢の立てた家の娘を、生け贄として、娘をさらって行くと云う怪物か⁉それも、もとは、都で娘たちを(あや)め、騒ぎを起こしていた人食い妖怪、ガゴゼか⁉、*1酒呑童子(しゅてんどうじ)も*2玉藻前(たまものまえ)の九尾の狐も、退治されたと聞いていたが、オヌシは、まだ生きておったのか⁉」 と、槍を身構え、ガゼゴと対峙(たいじ)し、間合いを取った。 *1酒呑童子 平安時代、京に住む若者や姫が次々と神隠しに遭う怪奇現象が起こった。平安の世に京都で大暴れしたと伝えられる鬼。六メートルもある巨体に、角は五本あり、さらに目が十五個もあるという、恐ろしい見た目をしており「史上最強の鬼」と云われる。 *2玉藻前 平安時代、鳥羽上皇に寵愛されれていた女性・玉藻前。美貌と博識から愛されていましたが、その正体は九尾の狐でした。 玉藻前は白面金毛の九尾の狐の姿となって姿を消します。九尾の狐は、近づく人間や動物等の命を奪い、人々を恐れさせました。  妖怪鬼ガゴゼは、大きな声で笑いながらしゃべる。 「玉藻前(たまものまえ)の九尾の狐は、退治されたが、酒呑童子(しゅてんどうじ)は、健在じゃ!誰が、毒入りの酒を飲まされて死ぬか⁉」 「あの妖怪、*3鵺(ぬえ)だってそこいらで生きてるよ!適当に射た矢に当たって屋根から落ちて、そこを刀で刺された?そんな事で(ぬえ)が死ぬか⁉」  秩父のジイは、かなり驚いたようで、表情が厳しくなっている。ガゴゼを睨みつけ、 「なに?あの大化け物の(ぬえ)が、まだ生きておるのか⁉」 と、吐く。 「ああ、鬼や妖怪たちは、都から東にカナリの物が移動しておる。都には、厄介な陰陽師(おんみょうじ)が現れたからな。何時(いつ)の日か、(みんな)一斉(いっせい)に都に攻め込む気だろう?俺は、スクナに会って、この足の傷を治してもらうのが先じゃが」  ガゴゼは、そう言って、その後、淡々と話し始めた。 「スクナは、三河、岡崎あたりにいた五鬼一族の内の二人が合体したやつだとワシは思っておる。飛騨国で、ワシと、(ぬえ)や酒呑童子、毒龍、九尾の狐が暴れているところに、ワシらより先に飛騨国にいたスクナ、*4両面宿儺(りょうめんすくな)は、自分が、人々から略奪することを楽しんでいたくせに、いきなり、天皇の命だと言って、ワシらを討ちに来た。奴は、それは、強い、強い。ワシらは、散々な目に会わされた。そこで、ワシは、生け贄としてその時、捕まえていた村の娘をスクナに、やると言って、スクナに、傷を治してもらったんじゃ。それからワシは遠江に、九尾の狐の玉藻前(たまものまえ)は、坂東の下野に逃げたワイ」 と言い終わるや、鋭い爪を持った手を秩父のジイに上から振り下ろした。ジイは、その腕を、スッと横に飛びのき(かわ)し、ガゴゼと間合(まあ)いを取る。 「(ぬえ)や酒呑童子などが都に攻め込む、その時は、俺様も元興寺(がんごうじ)に戻るわい!暴れ放題、大暴れして都人(みやこびと)を怖がらせてやるワ!」 *3(ぬえ) 頭が猿、胴体が狸、手足が虎、尾が蛇、の気味悪い声で鳴くという妖怪。 「平家物語」をはじめさまざまな説話集などにも見られる有名な逸話です。 *4両面宿儺(りょうめんすくな)  前と後ろに二つ顔があり、胴体に四つの手足があった。四つの手にはそれぞれ鉾・錫杖・斧・八角檜杖を持ち、そのうえ、二張りの弓矢を用いた。  両面宿儺は、地域によっては、救国の英雄だとされる。飛騨国に居た両面四臂が、高沢山の毒龍を制伏したとする逸話もある。そして、飛騨より高沢山に移って後、お告により観音様の分身となったとも云われる。また、金山の小山に飛来した両面宿儺は三十七日の間、大陀羅尼を唱え、国家安全・五穀豊穣を祈念して高沢山へ去ったとも云われている。  ガゴゼが次々と振り下ろしてくる腕を、間合いを計り、上手く(かわ)す秩父のジイ。ジリジリと、後ろに下がりながらではあるが槍を鬼に目がけて突く。鬼は、その槍を、うまく(かわ)しながら両の手を代わるがわる秩父のジイに振り下ろしてくるのだった。  妖怪鬼ガゴゼを目がけて、猪俣鴇芳(いのまたときよし)の放った矢が、ガゴゼの片目を貫いた。直ぐに次郎は、 「カオリ、俺をアイツの頭に向って飛ばしてくれ!」 と叫ぶ。香姫(かおりひめ)は、次郎の後ろに回り、その背に気を送る。次郎は、ものすごく早いスピードでガゴゼに向って飛んで行った!まさに次郎がガゴゼの首を切りつける、その瞬間に、ガゴゼに刀を()けられた。そこで香姫が、次郎をUターンさせたのだった。次郎の一振りが、ガゴゼの片腕を切ったと思われたが、ガゴゼの鉄の様な、太い腕は何でもないようだ。刀の方が、()が零れ落ち、折れそうだ。ガゴゼは、自分の周りを飛び回り、刀を振りまわす次郎を、ハエでも払うかのように腕を振り回している。そのマグレのような一撃を、次郎は喰らってしまった。かなりの距離、次郎は吹っ飛ばされ、そこにあった大きな岩に当たってしまったのだ。 猪俣鴇芳は、さらに一矢を放った。それは、見事に鬼の、もう一方の目に当たったかにみえたのだが、鬼に素早く掴み取られ、その矢は猪俣鴇芳の方に投げ返された。矢は、矢を射た猪俣鴇芳の腕に刺さってしまう。秩父のジイが、急いで猪俣鴇芳のところに行き、矢じりの処理をし、腕から抜き取り、傷口に手無食いを巻き付ける。ソコで、次郎を操っていた香姫の姿がガゴゼの目に入った。ガゴゼは、顔を青くして震えあがったのだった。香姫の背後に女神が居ることに気が付き、その姿に驚いたのだ。 「待った、待った、マイッタ!女は置いていく。逃がしてくれ!スクナのところで手当てさせてくれ~」 と、叫びながら彼方に逃げて行ったのである。ガゴゼは、逃げながら、次郎達を振り返り、 「なんで、あの娘の後ろにいるんだ⁉*5素戔嗚尊(すさのおのみこと)の姉ちゃんが……」 と、呟いていたのだった。  まさに、飛んで逃げるガゴゼ。 *5素戔嗚尊(すさのおのみこと) 天照大御神(あまてらすおおみのかみ)の弟神である。水田の畔と溝を壊し、春の種まきや秋の収穫を妨げ、また大御神の神聖な御殿を汚し、さらに布を織る機屋に皮をはいだ馬を投げ込むなど、乱暴の限りを尽していた。そのため、大御神は、弟の所業に怒り、天岩戸の中にこもられると、世界は光を失い、様々な災いがおこったと云われております。  ガゴゼは、都の元興寺に居座(いすわ)り、悪さをし暴れる前、都近くで、暴れていた時に、素戔嗚尊(すさのおのみこと)に散々な目に会わされたことがあったのだ。が、そのスサノオウを、こっ(ぴど)(なぐ)りながら(しか)りつける、スサノオウの姉であるアマテラスを見たことがあるのだ。それは世にも恐ろしい光景であった。 (あれが、神のお仕置きと言うやつか・・・・・・・) と、ガゴゼは、身震いしたものだった。思い出しただけで、犬に深くまで食いつかれ、傷ついた脚が痛み、そこを手で摩る。 「早く、両面宿儺(りょうめんすくな)に、このケガを直してもらわねば!しかし、土産の女を置いて来ちまった。何か、他を考えなければ・・・・・・」
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