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01 折り合いをつける
白戸千鶴(しらとちづる) 18歳
千鶴の父親は鬼畜、母親は淫売。
産まれてから暫くは、優しい祖母が千鶴を育ててくれた。
だが、小学校へ上がる頃に祖母が亡くなると、
鬼畜の親との本当の地獄が始まった。
千鶴は、日常の世話など一切受けられず、育児放棄されてきた。
体にキズを作る暴力はなかったが、
心にキズを作る言葉の暴力は日常的に。
彼らの視界に入ると、その棘は容赦なく降り注いだ。
その言葉たちは、小さなキズから、抉るような大きなキズまで。
その言葉たちで、小さな千鶴の無垢な心を傷つけていく。
受けた心の傷は癒えることなく積み重なっていく。
幾重にも、幾重にも。
傷つく心は、涙さえ流してはくれない。
傷つく心を、癒す術が千鶴には分からなかった。
それでも、ここが自分の世界だと諦める。
千鶴には、選べる選択肢など元から無かった。
だから…、傷つく心を放置した。
食事は作らされたので、どうにか食べることができた。
両親は、日暮れ時からどこかへ出かけ、
朝日が昇ったころに帰ってくる。
千鶴は、両親と顔を合わせないように、
息を殺して生きていた。
そういう日常が続いていたある日、千鶴の世界に変化が訪れる。
世間の見知らぬ誰かが、千鶴の異常に気付いてくれたのだ。
いつものように、気配を殺していると、
バタバタと足音がしたかと思ったら、
あっという間に千鶴を、孤独な暗い部屋から連れ出してくれた。
千鶴は、癒えぬ傷で心が壊れてしまう前に、
外部の介入でようやく鬼畜の親から引き離された。
施設に入ってからは、親から接触してくることは一切なかった。
厄介払いができたと喜んだか、初めから、千鶴に興味がなかったか。
その理由など、千鶴にはもう、どうでもよかった。
これまでの生活とは違い、施設では、それなりに穏やかに過ごせた。
あの家よりは明るかったし、あの家よりは人の気配がした。
でも、ここでも千鶴は独りだった。
…どう接したらいいのかわからない。
千鶴は早々に諦めた。
それから施設で今日まで育ててもらった。
ただ、受け続けたキズは、癒されないまま、ささくれ立ち、
愛情の壺は満たされることなく、枯れたままだった。
それでも千鶴はまっすぐに、折れることなく素直に、美しく成長した。
千鶴は、一人で生きるための力をつけるために、
自分に唯一出来ることである勉学に励み、
常にトップの成績を維持し、奨学金を受けて大学まで進むことができた。
施設を出て大学生活が始まっても、相変わらず独り。
でもそれは、仕方のないこと。自分で選んだことだから。
ただ、生活するためには働かなくてはならない。
どれほど人づきあいが苦手だろうと、全く関わらない訳にはいかない。
勉学を疎かにするわけにはいかないが、
月々の生活費もまた、賄う必要がある。業種を選んでもいられない。
目の前の仕事にかじりつくしかない。
千鶴は、
心の傷をそのままに、溢れだそうとする感情に蓋をして、
その瞳に深くて暗い漆黒を灯し、
そして、
誰とも接触しない、誰も寄せ付けない、
高くて分厚い壁を作り上げた。
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