01 折り合いをつける

2/2
前へ
/181ページ
次へ
 千鶴がバイトに選んだのは、喫茶店の接客。  たまたま、通りかかった店の前で、  マスターが貼りだそうとしていた求人広告に飛びついた。  アパートと大学の丁度真ん中にあるレトロな喫茶店。 「君が良いなら、明日からでもお願いしたい」 「はい、大丈夫です。よろしくお願いします」  勤務は、講義が終わった夕方から閉店まで。  マスターの拘りが溢れるお店の中は、穏やかな時間が流れていた。  マスターの名前は早稲田翼さん。なかなかのイケメン。  …らしい。お客様の評価だ。  最初は、客との距離感を図るのに苦労した千鶴だったが、  自分もお客も不快に思わない絶妙の間合いが分かってきてからは、  それほど苦心することはなくなった。   「翼さん」  閉店間際になると、マスターの奥様・諒子がやってくる。  諒子は、千鶴の帰りが遅くなりすぎないように、  いつも気を遣ってくれるのだ。  諒子が来れば、千鶴の業務もお終いで、そのまま帰り支度をする。 「千鶴ちゃん、今日もご苦労様。気を付けて帰ってね」 「はい、お疲れさまでした」  大学の講義を終え、マスターのお店でバイトをして家路につく。  これが今の千鶴の毎日のルーティン。  部屋に戻るのはいつも22時頃。  お風呂にお湯を張る間に、明日のお米を炊飯器に仕込む。  夜は賄いが出るので、朝ごはんと、お昼のお弁当の分。  週末に、平日のおかずを何品か作り置きをしていて、  それを朝とお弁当に使って、一週間をやり繰りする。  千鶴は、毎日自炊する。  鬼畜の親といるときは、必要に駆られて仕方なく。  自由を得た今は、好きなものを好きな時に楽しんで。  明日の準備が終わる頃、  お風呂が沸いたと知らせるアラームが鳴った。  湯船につかり、一日の疲れを洗い流す。  ガチガチに固めた鎧を剝がして無防備な自分を晒す。  このひと時が、素の自分になれる唯一の時間だ。  頭の中を真っ白に。吐く息と一緒に今日ため込んだモノを吐き捨てる。  そして、すべてを空っぽにしてベッドに沈んだ。
/181ページ

最初のコメントを投稿しよう!

5181人が本棚に入れています
本棚に追加