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慎治たちの送迎が、ようやく慣れてきたある日、
講義が終わって帰ろうとしていたら、
「白戸さん」
突然、声をかけられた。
振り向くと、卑下た視線を向ける女とその取り巻きが、
親密とは言い難い雰囲気で立っていた。
「今日私たち、この後飲み会があるんだけど、一緒に行かない?」
今まで関わってこなかったのに、なんでだろうと思ったが、
「今日は、バイトがあるのでごめんなさい」
そう言って早々に断った。
これ以上、話はないだろうと思っていたのに、
その女は、思ってもみなかったことを言い出した。
「えー、あんたが来ないと慎治くんも来ないじゃん」
…知らないよ。
私じゃなく慎治くんが目的なんだね。
それに『慎治くん』って…。
私が呼ぶのを聞いてたのかな。
まあ、いずれにしても私はもう関係ないよね。
「慎治くんは、私が狙ってたのに」
…それも意味不明。
そもそも慎治くんは学生じゃないし、
校内に出没したのは、夏休み明けてからだよ?
返す言葉を探していると、
「千鶴」
離れていた慎治が戻ってきた。
「慎治」
「どうした、何かあったか?」
慎治が千鶴の腰に手を回して、千鶴をその腕に包み込んだ。
「ううん、お誘いを受けたんだけど、断ってたところ」
「そうか、話は済んだだろ?帰ろう」
「うん」
慎治はその女に目もくれず千鶴の肩を抱き背を向けた。
「あの、慎治くん」
だが、その女はめげずに声をかけてくる。
媚びるような、猫なで声のような不快な声で。
「慎治くん、これから飲み会があるの。白戸さんはバイトで来れないみたいだけど、よかったら一緒に行かない?」
…一応、私の彼氏(設定)なんだけどなぁ。
千鶴は呆れてしまう。これだけ無視し、背を向けているのに、声を掛けてくるメンタル。ある意味すごいと思った。
慎治も無視を決め込む。肩を抱いていた腕を、今度は腰に回し、千鶴により密着する。
そして、とろけるような優しい笑みを千鶴へと向けた。
「…っ」
女の引き攣るような息遣いが聞こえ、それは遠ざかっていった。
「あんな頭の悪そうな女、俺が相手にするわけないだろ」
「フフッ、引き攣ってたよ、彼女」
「知らねぇ」
「ありがとう、慎治」
「当たり前」
夏休みが明けて早々、
慎治たちが護衛についてから、何やら千鶴の周りの空気が変わり、
おかしなことに巻き込まれるようになった。
それも、千鶴の与り知らぬ方向から。
それまでは気配だけで、気にしなければよかったが、
今日は千鶴に接触する事案だった。
千鶴は、一抹の不安を感じたが、
考えても仕方ないと、いつものように思考を停止させた。
自分の本分と、龍二たちを信じて、
千鶴は、決してブレることはなかった。
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