02 龍の焔

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「マスター」  カウンターの逆サイドの客から声が掛かった。  お客の方へ離れていくマスターを、千鶴はつい目で追う。 「おい」  耳障りの良いバリトンボイスに小さく肩が跳ねる。  龍二の声が低くなって、苛立ちが乗っていた。  何か怒らせたのだろうかと、心配していると、 「…見るな」  あさっての答えが飛んできた。  何をですか…?と問う前に、龍二の手が伸びてきて、  千鶴の頬をするりと撫でた。  彼の大きな手のひらが、とても優しく触れて、  その暖かな感触が頬に残った。 「俺以外の男を見るな」  何故、とは声にならなかった。  そもそも『俺以外の男』を見ないなんて、そんなの不可能だと、  千鶴は返答に困ってしまった。  ただ黙って龍二の瞳を見つめる。  その深い瞳の中に見えた赤い焔。  千鶴は、心の騒めきを抑えることが出来なかった。 「なぁ」  龍二に問われる。 「あんたの名前を教えてくれ」  心臓が暴れて言葉が出ない。  かなりの間が空いて、 「…白戸千鶴」  どうにか自分の名前を絞り出した。 「俺は、赤崎龍二」 「はい、赤崎さん。さっきマスターから聞きました」 「龍二だ」 「…は?」 「龍二」  …これは、呼ぶまで解放されないやつだろうか…。  仕方がないので、 「龍二さん」  そう呼び直すと、龍二の瞳がふわりと緩んだ。 「千鶴、歳は?」 「18歳です。龍二さんの歳を聞いてもいいですか?」 「…31」 「もう少し若いかと思っていました」 「そうか」 「じゃあ、マスターも31歳なんですね。知らなかった」 「…干支一回り以上か…」 「…」 「千鶴にとって俺は、オジサンだよな…」  干支一廻り以上歳が離れていて、  自分は『オジサン』と認識した龍二が、  少しヘコんで見えて、  可愛いと千鶴は思った。  二人で話をしていると、だんだん千鶴の緊張が解けて、  その表情が柔らかくなったように見えた。  少しだけ千鶴の警戒が緩んだか、と龍二は感じていた。  
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