02 龍の焔

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「千鶴」  甘く囁かれる自分の名前に、  また心臓が跳ねる。  ただ名前を呼ばれただけなのに。 「おまえはどうして…」  龍二の、スラリとした手のひらが伸びてきて、千鶴の頬を包む。  その仕草が男性なのに色っぽい。 「どうしてそんなにボロボロなんだ?」 「…っ」  千鶴は、言葉に詰まってしまった。  聞かずとも、龍二の目が千鶴の傷に気づいていると告げている。  …今日初めて会ったばかりの人なのに…。  これまで千鶴は自分を高く、分厚い壁で守ってきた。  一定の距離を保って他人と関わってきた。  そうしていれば、相手もそれ以上踏み込んでこなかったから。  それは、自分を雇ってくれて、気さくに話しかけてくれる、  オーナーに対してでも変わらない。  相手に嫌な思いをさせないように、気づかれないように。  さりげなく避けて、自分を護っていたのに。  しかし龍二は、千鶴の堅固な壁をいとも簡単に攻略してきた。    …なんで、気づかれたんだろう。  心が軋む。  こんな事は今までなかった。  やがて感情を抑え込んでいた蓋が、溢れるモノを抑えきれず、  蓋の隙間から溢れだし、やがて体の外にも溢れさせた。  ぽろりと一粒、雫石が落ちる。  一度溢れてしまうと、抑えが効かなくなった。  雫石は、後からあとから、ぽろぽろ落ちる。  龍二は、それをそっと拭ってやる。  拭いても拭いても涙は止まらない。 「千鶴、止まらなくなったな」  龍二は、立ち上がると千鶴を腕の中に包み込む。  周りに千鶴の涙が見えないように。  そっと宥めるように、背中をぽんぽんと優しく撫でられる。  それが千鶴には心地がよかった。 「おい、翼」 「何?…って、千鶴ちゃん!どうしたの!?」 「チッ、名前を呼ぶな」 「はぁ!?」 「悪いが、千鶴借りてく」 「は!?」 「どうせこのままじゃ、仕事にならんだろ」 「…」  龍二は、有無を言わさず、何処かに電話を掛けた。 「拓海、車」  込めた力を少し緩め、千鶴の顔を覗き込む。  溜まった雫を拭われて、龍二と視線が合わさる。  その視線がなんだか甘く見えて、  千鶴はその甘さに驚いて、思わず涙が引っ込んだ。 「千鶴、少し出よう」  龍二は、千鶴を手を取って店の外へ連れ出した。  
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