SS06 鍋奉行

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 慎治が千鶴と一緒に戻ってきたので、  蒼佑は鳩豆となった。 「若姐さんも来たんですか?」 「はい。鍋奉行です。フフッ」  カセットコンロに土鍋をセットし、火を点ける。  蓋を開けると、つみれのいい匂いが湯気と一緒に立ち昇った。 「「おおっ」」  男二人が歓声を上げる。  千鶴は、そこに豆腐、魚介を投入し、白菜の芯の部分を入れ、  葉の部分は一番上に全部投入し、蓋をした。  白菜がもっさりしていて蓋が閉まらない。  心配そうな二人に、 「大丈夫ですよ。縮みますから」  出汁が沸騰しだすと、少しずつ蓋が閉まっていき、  完全に閉まる。  しばらくして蓋を開け、最後に春菊を中心に載せて、  春菊がしんなりしたところで、  千鶴奉行は宣言した。 「はい、いいですよ。どうぞ」 「うまそう」 「あ、お酒はどうします?」 「ここには大量にあるから大丈夫だ」  そう言って、どこからか一升瓶を出してきた。  二人の邪魔にならないように、 「じゃあ、ゆっくりどうぞ。私は戻ります」  大丈夫と言ったのに、帰りは蒼佑が、玄関までしっかり送ってくれた。 「すみません。同じマンションなのに…」 「いいえ、何かあればいつでも連絡ください」 「今日はもう出ませんから。しっかり飲んで食べてください。ありがとうございました」 「はい。こちらこそありがとうございました」  そう言って、蒼佑は帰っていった。 □◆□◆□◆□  部屋に戻って、時間を確認する。  龍二たちは、いつもの時間に戻ってくる。  すこし時間があったので、明日の講義の資料を読み込んでおこうと、  ソファーに座り読んでいたが、今日はいつもより気を使ったので、  ついウトウト眠ってしまった。  隣に誰かが座ったのか、ソファが少し沈む。  頬に指が触れる。それは愛しい龍二の手だとすぐに分かった。  ああ、龍二さんが帰ってきたと、千鶴は瞼をゆっくり開けた。 「…ぁ、りゅうじさん、お帰りなさい」 「ただいま」  この瞬間が、千鶴の一番幸せな時間だ。  そのうち拓海も帰ってきたので、  こちらも、鍋をみんなで囲む。 「…大丈夫?千鶴ちゃん」  もっさりとした白菜に閉まらない蓋を見て、  蒼佑たちと同じ反応をする拓海に、 「大丈夫ですよ。縮みますから」  千鶴は一字一句、同じ返しをした。 「龍二さん、今日はお酒もありますよ」 「なんだ、今日はどうした?」 「いえ、せっかくのお鍋だから、本家の方で頂いてきました」  そう言って、横に並べてあった一升瓶を指す。 「やったー。飲む飲む。燗にするか?龍二」 「ああ、それでいい」 「拓海さん、お願いしていいですか?」 「いいよ、俺がやる」  そう言って、拓海はキッチンに行き、  鼻歌交じりに燗つけをはじめた。
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