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「この小娘が、剣を学びたいだと」
老人は大きな口を開けて叫んだ。
そんなことをのたまう者など、彼の人生の中に一人として居たことがなかったからだ。
「そうじゃ! だからここまで来たのじゃ」
老人の眼前にはちょうど十二を過ぎた少女が立っていた。
あどけなさがまだ残る顔だが、その背筋はぴんと伸びて凛々しく老人の目を見つめていた。
大きなしみの入ったしわだらけの顔だったが、それでもその顔は武人のものだ。
けれど今はもう死地を離れて久しい。だから、
「この山の中まで来てこの爺をからかうとは、とんだ娘も居たものよ」
と、人並みに笑うことができた。
「からかってなどおらん! 爺は父様の父様と聞いておる。孫の頼みの聞けぬ爺など、この世に居るのか!」
どこからその言い草を覚えてきたのか、老人はすぐに検討がついた。
あの息子、堅物にして尊大な男の娘ならば、
まあ、この程度は自然と身につくだろう。
「あの軟弱者め、己が育てる気のないくせ、しかもこの父に子守を押し付けようという魂胆か」
「違う! 父様は爺さまならきっと剣を授けてくれると言って、われを送り出してくれたのじゃ!」
「ではその父様とやらに武芸の一つや二つ教わっておろう」
「それは」
黙り込んでしまう。少女は少女のままだった。
「ふん――それでは先が思いやられる」
だがこれも、己が蒔いて育てた胤の端くれ。
そう思うと老人は少女にどこかかつての自分自身の面影を感じた。
言うこと聞かずの無鉄砲な若者。これを育ててみるのも悪くはないかもしれない。
如何せん、一人目は真面目すぎた。
「ならば――ちとさ、お前は今日からチトサじゃ」
「気に入らん! われははなめと名を貰っている!」
「否、爺の前ではちとさ。師がそう呼ぶならば、お前はチトサじゃ。
父様やらから貰った名など、そこらにでも捨てておけ」
少女は未だ腑に落ちないというふうに顔を膨らませているが、
老人はしゃがれた声でただただ笑うばかりだった。
「ほれ、ついてこい。お前にはたくさん仕事がある」
少女――チトサはこの眼の前の老人が己の親類であることを拒否するように、
険しい目つきを――けれどその年ではそれすら愛らしい表情でしかない――して、
けれどもはやどこにも行き場所がないことを悟って、
いつの間にか遠くなった棒切れのような後ろ姿を追いかけた。
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