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思いやり
部屋に戻ってもまだ気持ちは塞がったまま、食欲もなく何もする気になれなかった。
今夜仕事が終わったら、光輔が来ると言った・・・・・光輔に自分の惨めな話はしたく無かった。
光輔がゲイだとしても、その事を自分は恥じている。
他人に知られた事で嫌な思いをし、親友だと思っていた人から、まるで汚らわしい者でも見るかのような眼差しを向けられ、彼の取り巻きからは卑猥に揶揄われた。
惨めで悲しくて自分の愚かさを恨んだ。
あれから自分は他人と関わらないようにして来た。
誰とも親しくなる事はなく、心を閉ざして来た。
それでも、光輔を好きになり光輔に愛されていると思う事で自信が持てた。
自分のマイノリティを恥ずかしい事だと思わなくなった、つもりだった・・・・・それなのに、あいつの顔を見て、一瞬で過去に引き戻された。
こんな自分を光輔はどう思うだろう。
鞄もソファに置いたまま、着替えもせずにただ光輔の帰りを待った。
8時過ぎチャイムが鳴って光輔が来た。
ドアを開けて光輔の顔を見た瞬間に胸に溜まった不安と悲しみが溢れ出し涙となった。
光輔の胸に飛び込み、厚い胸に顔を埋める。
ドクドクと規則正しい心臓の音が聞こえる。
両手で抱きしめられ、背中に当てた手をトントンとされて、次第に気持ちが落ち着いてくる。
光輔が居てくれて良かった。
「大丈夫か?」
「ごめん」
「飯は?」
「まだ」
「デリ取ったから、一緒に食べよう!」
「うん」
暫くして注文の晩ご飯が届いた。
二人で向き合って食事をした、光輔が時々様子を伺うように見てくる。
その目に縋って甘えそうになる。
食事が終わると、光輔が乙哉の手を取ってソファへ導く。
乙哉を座らせその前に光輔が座った。
「何があったのか教えてくれるか?」
「・・・・・」
「あいつと何があった?」
「高校からずっと一緒にいた親友がいたんだ、大学も同じで・・・・・好きだったんだ。
親友とかじゃなくて・・・・・あいつも同じだ気持ちだと思ってた。
だから・・・・・告白したんだ!
でも・・・・・あいつはそんな気はなかったって・・・・・
それだけじゃなくて・・・・・気持ち悪いって言われて・・・・・それからは・・・・・彼の取り巻きたちからも揶揄われたり、指さされたり・・・・・。
でも、僕がバカだったんだ・・・・・勘違いして告白なんてした自分が悪いんだ。
さっきの奴はその取り巻きの一人だった。
あいつが一番酷かった・・・・・今でも思い出すと苦しくなる。
・・・・・光輔もこんな僕は嫌だろ?」
「乙哉!お前のどこが悪いんだ?
何も悪くない。
そうだろ?
好きな人に好きだって言っただけじゃないか?
相手が男だから?
それがなんだって言うんだ、好きになるのは女じゃなきゃ駄目なのか?
そうじゃないだろ?
男が好きだって言って何が悪い?
男なら誰だっていい訳じゃないだろ?
乙哉は何も悪くない・・・・・俺の大事な乙哉が泣く顔なんて見たくない。
・・・・・だから、もう泣くな!」
「光輔ありがとう!光輔を好きになって良かった。僕のこと好きになってくれてありがとう」
「こちらこそ」
「光輔、仕事良かったの?」
「仕事なんかしてられるか?お前があんな顔してるのに・・・・・だろ?」
「ごめん」
「そいつの事好きだったのか?」
「その時は・・・・・」
「もう忘れろ、今は俺だけ見てればいい」
「うん」
「他には好きになった奴は?」
「居ない、光輔だけ」
「そうか」
「光輔は好きな人居た?」
「本気で好きになったのは乙哉が初めてだ、他には居ない」
「そう」
「なんだ、そんなあっさりと・・・・・嘘だと思ってんのか?」
「違うよ、光輔の言う事は全部信じてる」
「乙哉!キスするか?」
「うん」
「こっちに来い」
乙哉はソファから降りて光輔のそばへ行くと、光輔の唇にキスをした。
光輔の手が力強く抱きしめた。
この温かささえあれば、何があっても大丈夫だと思えるような力強い抱擁だった。
光輔はその夜、ずっと乙哉を抱きしめて眠った。
翌日の仕事に支障をきたした事は乙哉には内緒!
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