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奥座敷
大きな門構えに藍染の暖簾がかかる料亭に到着した。
車からおりて玉砂利の上をそろそろと歩く、光輔が背中に手を置いてくれる。
その手から伝わる熱が背中から全身へ広がって、足がもつれそうになった。
光輔がそっと腕を取って支えてくれる、すべての行為が手馴れていて、もし自分が女性ならお姫様にでもなった気持ちになるだろう。
男の自分さえこんなに胸をときめかせてしまうほど、光輔のエスコートは素晴らしかった。
きっと誰にでもこの優しさは向けられるのだろうと思うと胸の奥がちくりと痛んだ。
自分だけに与えられる行為ならどんなに嬉しいだろう………
奥の個室に通されて、テーブルをはさんで向かい合う。
光輔の眼差しがまっすぐに向けられて、目のやり場に困る。
店の女将が光輔に挨拶をして、日本酒が運ばれて来た。
「乙哉は飲めるのかな?」
「すいません、無調法です」
「それなら気分だけでも味わえるように、ノンアルの日本酒もあるからそれにしよう」
「そんなのがあるんですか?」
「純米酒テイストで《零の雫》というのがあるんだよ、独自製法で作られゼロ醗酵で誕生したんだ。アルコール0・00%だから安心して飲めばいい」
「はい!ありがとうございます」
「乙哉は僕がいくら言っても敬語をやめない気か?」
「アッ!」
「今度敬語を使ったら………罰だな」
「罰?………罰って………」
「まぁいい、飲もう」
光輔が少し悪戯ぽい目で乙哉を見た。
日本酒はノンアルコールとはいえ僅かに酒の匂いがして飲めない自分も飲んでいる気分になった。
酔うはずなど無いと言うのに、気持ちがふわふわと浮かれて、身体は熱くほんのりと色香が漂う。
潤んだ目で光輔を見つめ、口角を上げて微笑む。
誰に教えられたわけでもない乙哉の所作が光輔を誘っているようで、落ち着かない気持ちになった。
「乙哉!その酒にはアルコールは入ってないぞ、酔うはずはないのだからそんな目で俺を見るな」
「………そんな目って………酔ってなどいませんけど」
「もういい、もう飲むな」
「でもこれ美味しいです」
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