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最終日
三週間の作品展も明日で終わりになる、終わってしまえばもう二度と逢える機会などない。
住む世界が違いすぎて、偶然会うなどというチャンスも皆無だ。
光輔に逢ってひと月、毎日のように顔を合わせ食事を共にし、同じ時間を過ごしてきた、生まれて初めて心安らぐ相手に出会えた。
自分がゲイだと知られたくはないが、光輔がもしそうなら好きだと打ち明けてしまいたかった。
そんなことをすれば、どうなるかとっくにわかっているのに、性懲りもなく夢を見てしまう自分。
ゆうべの食事も美味しいお酒も光輔の心遣いも、全てが自分だけに向けられていた。
もしかしたら………そう思っていたのに、そう思ったのは自分だけで結局食事が終わると何事もなく自宅まで送られた。
降りるとすぐに車は何の躊躇もなく発進し、赤いテールランプもすぐに見えなくなった。
今日も会場で光輔に逢える、今日が終わればそれでお別れだ。
夢のような日々ももうすぐ終わる、胸がいっぱいで光輔を見たら泣いてしまいそうな気がする。
光輔が来る前に帰ろうと思いながら、光輔が来るのを待ち続けた。
「乙哉!無事に終わりそうだな。いざ終わるとなると名残惜しいな」
「そうですね………寂しいです」
「今夜はこの後ささやかなパーティーをやるから、乙哉も参加してくれるだろ」
「パーティですか?僕何も用意してませんけど………」
「大丈夫、私の方で用意してある。早速だが僕のオフィスまで行こうか」
光輔にそう言われて会場を後にする、エレベーターに乗って一階下のボタンを押した。
エレベーターが止まって扉が開くと長い廊下が続いている、CEOと書かれたプレートのドアを押すと、そこは光輔のオフィスだった。
奥の扉を開けると、マンションの自分の部屋より広いプライベートな私室になっていた。
広いリビングと、キッチンそして寝室と浴室とクローゼット。
職場のビルの中とは思えない、落ち着いた部屋だった。
「ここは?光輔はここに住んでるの?」
「そうじゃない、ここは徹夜したときや飲みすぎた時に休むために用意してあるだけで住んでるわけじゃない」
「そうなんだ、ここに住めば遅刻しなくてよさそうだけど、恋人は連れ込めないね」
「連れ込むような恋人はいたこと無いけどな」
「ここで何するの?」
「お前の着替え。タキシード用意してあるから、着てみてくれるか」
「タキシード着るの?」
「そうだ、俺が主催者で乙哉は主賓だからな、今夜は俺がエスコートする」
「タキシードって着たことないけど・・・・・」
「大丈夫俺に任せろ」
クローゼットから出されたタキシードはいつの間にオーダーしたのか、まるで測ったようにぴったりだった。
靴もネクタイもシャツも全てが新調されていた。
「何着せても似合うな。」
「そんな………借り物感満載じゃないですか、光輔の隣に立つのが恥ずかしい」
タキシードを着た光輔が笑っている、気慣れた風でお洒落な男はまるでファッション誌から抜け出たように似合っていた。
光輔に髪を撫でつけてもらって会場へ向かった。
光輔の手がそっと背中に当てられる、手から伝わる熱で身体も心も蕩けてしまいそうになった。
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