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この公園は、学校から家までの近道だ。トイレの裏の目立たないところに小さな池があって、何匹か鯉が泳いでいる。
「おーい」
なんとなくその池を眺めていると、突然声が聞こえてきた。近くから聞こえたので、辺りを見まわしてみたのだけど、誰もいない。おかしいな、と思っていると、もう一度、
「おーい、こっち、こっち」
と、池の方から声が聞こえてきた。見ると、水面から鯉が一匹顔を出している。その鯉は、人間の顔にそっくりだった。
「わっ! 人面魚だ!」
驚いて尻もちをつく。すると、人面魚は、はっはっはっ、と笑い、
「そんなに驚くことないだろ」
と言った。
「そりゃ驚くよ。いきなり鯉が喋ったんだから。それに、人の顔してるし」
「確かにそうだな。すまんすまん。でも、別に怪しいもんじゃないし、君に危害を加えるわけでもないから、安心してくれよ」
人面魚は、気さくな感じで、口をぱくぱくさせながら喋る。
「君は、鯉なの?」
「俺? 俺はまあ、鯉だろうな。見ての通り」
「どうして言葉を喋れるの? それに、なんで人の顔をしてるの?」
「まあまあ、少し落ち着いて。とりあえず、そろそろ立ち上がったらどうだ?」
そう言われて、僕は自分が尻もちをついたままだったということに気づいた。少し、恥ずかしいような思いをしながら、すくっと立ち上がった。
「それよりどうした? さっき、暗い顔で池を眺めてたけど、なにか悩みでもあるのか?」
「ああ、うん。実は僕、学校でいじめられてるんだ」
「うーん、そうか。いじめはよくないよなあ」
人面魚は、難しい顔をしながらそう言った。
「気が小さいし、背も低いからきっといじめられてるんだと思うけど、僕、学校へ行くのが嫌なんだ」
気付けば僕は、お父さんやお母さんにすら打ち明けたことのない悩みを、初対面の人面魚に打ち明けていた。
「まあ、君はまだ先が長いんだし、これから楽しいことがいっぱいあるさ。大人になれば、世界もうんと広くなるから」
狭い池の中で生活している人面魚にそう言われても説得力がない気がしたけど、初めて自分の悩みを喋ったからか、僕は少し心が軽くなっていた。まさか池の鯉にこんな話しをするなんて、夢にも思わなかったけど。
「一つ、お願いがあるんだけどな」
人面魚が、申し訳なさそうな顔で言う。
「なに?」
「初対面の君に、こんなことを言うのも何なんだけど、もしよければ、今度でいいから食パンか何かを持ってきてくれないか? ここの池の鯉、最近エサを貰えなくて、みんなお腹が空いているみたいなんだ」
「わかった。明日の給食で確か食パンが出るから、帰りに持ってくるよ」
「すまんね」
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