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それから僕はほとんど毎日、学校帰りに公園の池に行ってオジサンに会った。給食で食パンが出る日はあまりを持っていき、オジサンや他の鯉にあげた。オジサンや池の鯉たちは、いつも気持ちよさそうに泳いでいる。
「いつも食パンを持ってきてくれて、ありがとうな。それよりもタカシ、帰りが遅くなると、親御さんは心配しないか?」
「ううん。僕のお父さんとお母さんは仕事してて、いつも帰りが遅いから大丈夫だよ。僕、家にいても夜まで一人なんだ」
「そっか。それはちょっと寂しいな」
「オジサンは、毎日狭い池にいて、退屈じゃない?」
「別に、この池を泳いでさえいれば、全然退屈じゃないぞ。魚は、泳ぐのが仕事だからな」
オジサンは僕に見せるように、池を一周すいーっと泳いで、はっはっはっとまた笑った。
「いいなあ、僕も学校に行かずに、池で泳いでいたいなあ」
「こらこら。人間と魚は違うんだから。君はしっかりと陸で生活しなきゃ」
オジサンは、ちょっと僕を叱った。
僕はオジサンから、いろいろなことを教わった。十代のうちに読むべき本、日本の政治や経済の話、モテる秘訣、信頼できる人の見分け方、というような、僕にとっては半分以上ちんぷんかんぷんだったけど、オジサンは魚なのに物知りみたいだ。
「オジサンは、いろんなことを知ってるんだね」
「いろんな人の、立ち話を聞いてたからかな」
「この池で?」
「そうだよ。今はほとんど誰も遊びに来ない寂しい公園になったけど、今から十年くらい前かな、ちょうどタカシが生まれた頃だと思うけど、この公園ができたばかりの時は、けっこう賑わってたんだ。だから、いろんな人が池を眺めながら立ち話をしててな、それをずっと聞いてたから、物知りになったのかもしれないな」
「ふうん。オジサンは今までも、こうやって誰かとお喋りしたことあるの?」
「いや、ないよ。喋りかけたら驚かれるかもしれないと思ってたからな。この前タカシに話しかけたのは、凄い暗い顔をしてて、なんだか放っておけなくてな。でもまあ、思い切って喋りかけてみてよかったよ。初めて友達ができた」
よくわからない話しをしてくるし、知らない曲を聞かせてきたりもするけれど、オジサンが僕を、友達、と言ってくれたことが嬉しかった。僕にとっても、オジサンは初めての友達だった。
「池の鯉は、オジサンの友達じゃないの?」
僕が聞いてみる。
「いや、こいつら喋んないし、なに考えてるかわかんないから」
少し冷たい返事に、僕はおかしくなって笑った。
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