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待ちに待った手術の日が来た。
とても難しい手術だが、外科手術で右に出るものはいないといわれる名医を病院が用意してくれた。
「パパ、ぼく大丈夫かな?」
ベッドの上で不安そうにしているダニエル。カシウスは、その真っ白で冷たい肌に触れた。
「大丈夫さ。ママだって見守ってくれている」
心臓の手術が終われば、この血色のない肌も色づき、あたたかくなるだろう。そのために、今まで頑張ってきたのだから。カシウスはダニエルを優しく抱きしめた。
「ずっと近くにいるからね」
ドクターと何人ものスタッフが手術室の前に立っている。
「申し訳ないですが、お父さんはここまでです」
さすがに手術室には入れない。ただでさえ大きな手術だ。小さな息子の、生命そのものと言える心臓の手術。手術室のなかは完全に滅菌され、虫どころかウィルスだって簡単に入れはしない。
「よろしくお願いします……!」
カシウスは深く頭を下げる。扉の開く音が聞こえ、頭を上げた。手術室のなかはどうなっているのだろうと、興味本位でなかを覗く。
――手術室には、大量の悪魔が立っていた。
背中に氷を入れられたような寒気がする。
悪魔はどこにでもいる。
しかし、たったひとつの場所にこれだけの悪魔がいるのはどう考えても異常だった。
30、いや40匹はいるだろう。くすんだ色をした悪魔達は、カシウスを見ていやらしく口角を上げた。カシウスは嫌な予感がして、手術室に入ろうとする医者を止める。
「――待ってください! この部屋に」
医者はカシウスが掴もうとした手を払った。
「なにをするんですか! 私たちは、今から1ミリの誤差も許されないような手術をするのです。万が一、手をケガでもしたら手術できないんですよ!」
医者はそう言うと、迷惑そうな顔をして手術室に入っていった。重たい扉が閉まり、施錠される音が廊下に響く。もう、カシウスが手術室に入ることはできない。
頭の中に今さっきの医者の言葉と、あの日聞いた悪魔の言葉がぐるぐると回りだした。
――今から1ミリの誤差も許されないような手術をするのです。
――なにもできない。小さなものを動かすくらいの力しかないんだ。
あれだけの数の悪魔たちが、手術中に、医者の腕や手術道具になにかしたらどうなる。
カシウスの脳裏に、ダニエルの神経や血管が傷つく映像が鮮明に映し出されていく。
カシウスの顔は、ダニエルのように青白くなっていた。
「……今すぐ、手術を中止してください! このままじゃ、息子が死んじまう!」
手術室の扉を叩くカシウスを、病院の職員たちが押さえつける。
「なにしてるんですか! 手術の機会なんて何度もあることじゃないんですよ!」
カシウスは、神に祈るしかなかった。
半日が経つと、ようやく手術室の扉が開いた。
医者は汗だくの額を拭いながら話す。
「安心して下さい。手術は無事成功しました」
カシウスは涙を流し喜んだ。この半日、まるで生きた心地がしなかったのだから、当然だ。
安心しているカシウスに、悪魔が囁く。
「本当に手術が成功したと思うか?」
「ダニエルは事故に遭うかもね」
「お前の大切な息子は、いつ死んでしまうだろう?」
「悪魔祓いがしたいのなら、その命が尽きるまで永遠にするといい」
病院を埋め尽くすほどの悪魔が、カシウスを見つめる。
「これからもよろしく。憎たらしいカシウスよ」
腐った野菜の、においがしていた。
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