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山間の村の森の奥のそのまた奥、古い池のほとりにひとりの男がいました。
その腕は罪人のように十字に組まれた木にくくられています。体の右側には塩、左側には酒。頭には野の花で編まれた冠。男の頭には不似合いなその花冠は、既にくったりとしおれておりました。
「いや、しかし参りましたね」
「どうしましょうかね」
「んーこちらとしては、これはこれでラッキーな感じでもあるんですが」
「ほほう」
男の話相手は池に棲む龍です。
とても長生きな龍は暇にかまけて人語を話せるようになっていました。
「民俗学、の先生でしたっけ。どんな学問なんですか」
「専門は土着信仰です。こういう外部との隔たりが大きい地域の祭事について調べています」
「なるほどぉ」
「驚きましたよ、日本にもまだこんな場所があるなんて。村全体が昔ながらの伝統を重んじて生活している」
「そうですね」
「まあ、そのせいでこうなったわけですが」
繋がれた腕をちらりとながめて男がため息をつきます。
「すいませんね、私が縄をほどいて差し上げられたらいいんだけど、なにぶん、不器用なものですから」
「いやいや、ご謙遜を。見事な爪ですよ」
「これもねえ。穴を掘るくらいならできますが、細かい作業は向かなくて」
「そんなことないです。あなたのおかげで助かりました。その爪で支柱を折ってくれたから足は自由になりましたし。というか、あの、穴を掘ること、あるんですか?」
「ありますね、木の根っことか食べるんで」
「そうでしたか。ちなみに他にはどんなものをお召し上がりに?」
「大体は藻ですよ。木の若芽も好きですが。身体のつくり的にあまり食事はとらなくても大丈夫なもので、食べても半月に一度くらいなんです」
「じゃあ本当にこれは困っちゃうんだ」
「おっしゃる通りでして」
龍と男はそろって酒と塩を見つめました。
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