14人が本棚に入れています
本棚に追加
食事も終盤になり、そろそろデザートタイムのいい時間だ。
ホールスタッフが目で合図してきたので、俺は小さく頷いた。そして、スタッフは親指を立てて笑った。
―――いよいよだ。
俺は、赤ワインをグイっと一気に呷った。
呼吸が荒くなるのを必死で抑えようと思ったら、鼻の穴が全開になりそうだ。それに、心臓がバクバクとビートを刻んでいる。
やばい、救心飲んでこればよかったかも…
きゅーしんきゅーしん♪
って、いやいや今そんなCMいらねーし…
あぁ、助けて…綾ー…
って、綾に助け求めてどうすんだよ…
うぉー・・・
もともと暗い照明がさらに少しだけ暗くなり、ムードの良いBGMが流れてきて、ホール内が少しザワついた。
そんな音も、俺の耳には遠くぼやけて聞こえる。水の中にいるみたいに、耳に膜が張っているみたいだ。
綾は「え?」と少し戸惑った様子で、俺の顔をじっと見つめている。
あぁ、あんまり見つめないで…
綾の席の奥の方から、スタッフが"Will you marry me?"と書かれたプレート付きのケーキを運んで来ようとする姿が見えた。
あれが、テーブルに来たら・・・
俺はポケットのアレに手を伸ばす。
ドクドクドクドク
眩暈がしそうだ・・・―――そう思った次の瞬間。
「サトミ!俺と結婚して元気な赤ちゃん産んでください!!!!!」
隣の若いカップルの彼氏が、彼女に指輪ケースを差し出している。
―――えっ!?!?!?
ムード泥棒!!?とでも言うのだろうか。
嘘だろ…
俺はプツリと張りつめた緊張の糸が切れて、放心状態になった。
そんな魂の抜けかかった俺のことなどお構いなしに、彼女はボロボロ涙を流して「…はい、喜んで!」と彼の手を握った。
ホール中の客やスタッフが拍手喝采で二人を祝福する。
俺も半べそ状態で拍手し、二人を祝福した。
綾も感動で泣きそうになっているのを堪えているのか、口に手を当てつつ、二人に祝福の拍手を送っていた。そして、その奥でケーキを持ったスタッフが口をパクパクさせて一歩、また一歩と様子を伺いながらジリジリと近づいてくる。
こんな盛り上がりを見せている中、じゃあ俺っちも便乗して~…
って、そんなことできるかーい!
俺はスタッフに向かって首を横に振って、隣の席の方へ目配せで合図した。
スタッフは哀れみの表情を浮かべて、手でオッケーサインを出し、そのまま何食わぬ顔で隣の若いカップルの方へケーキを運んだ。
作戦失敗。
プランBへ…
なんて、プランBなんて用意しているわけないだろー!
どうすっかなぁ…
最初のコメントを投稿しよう!