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そう言われたが、俺は聞こえないフリをして自動販売機で水を一本買った。それを彼女に渡すと、鞄から財布を出す。「いくらでしたか?」と震えた声で言った。
「あ、大丈夫です。受け取ってください。それより早く飲んで。すごく顔色悪いですよ」
彼女は申し訳なさそうに俺に謝ると、水を飲んだ。それからふーっと息を吐く。
「駅員さん、呼んできましょうか?」
「大丈夫です」
「呼んできます」
人間の大丈夫は大丈夫じゃない。俺は駅員を探しに屈んでいた足を延ばすと、ぐっと何かに腕を引っ張られた。見ると、彼女が俺の腕を掴んでいる。
「本当に大丈夫だから」
彼女の目が俺に訴えかける。俺は「わ、かりました」と言ってベンチに座った。
時計を見る。既に8時を過ぎている。俺の高校のホームルームは8時10分からなので、今から電車に乗っても絶対に間に合わない。
ちらっと彼女を見た。彼女も同様に腕時計を見ていた。小さく「遅刻だ……」と呟いている。
「顔色、だいぶ良くなってきてます」
「本当ですか。よかった……それより、もういいですから。学校に遅れちゃうし。早く行ってください」
彼女が務めて明るい声で言った。俺は立ち上がる気力もなく「いや、もうサボっちゃおうかなって」と打ち明けてしまった。彼女は目を丸くした。
「何で?」
「なんか、怠くて。学校に行くの。雨だし」
「……雨、嫌いですか?」
「嫌いです。てか、敬語じゃなくていいですよ。俺年下なんで。お姉さん、社会人ですよね? 見た感じ」
彼女は照れくさそうに「社会人だなんて、まだまだです」と言った。やはり社会人になったばかりなのだろう。毎朝満員電車に乗って通勤するなんて本当にご苦労様だ。それを言うなら、電車を朝早くから運転して、駅を整備している駅員たちもだけど。
「何で嫌いなの?」
「自転車で学校いけないし、普通に憂鬱だからです」
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