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「自転車好きなんだ」
「大好きです。お姉さんは、雨好きなんですか?」
彼女が雨模様を見て「んー」と言った。それから「好きかな」と口ずさむように言う。
「雨って嫌われがちだけど、私は音が凄く好きなんだ。豪雨とかだとちょっぴり怖いけど、しんしんと降る雨とかが本当に好きなの。景色も綺麗だし。心が洗われるっていうか」
「ちょっと理解できないです」
「よく言われる」
アハハッ、と彼女が笑った。笑えるくらいにまで元気を取り戻したようだ。そんな姿にホッとする。
「だから梅雨好きなんだ。雨降ると頭痛くなるくせに」
「尚更理解できないです」
眉を顰めて言った。彼女が「そうだよねー」と言ってまた笑う。
「名前は?」
「葉加瀬啓です」
「カッコいい名前だね。情熱大陸の人の息子だったりする?」
「違います」
彼女は快活に笑った。俺も思わず吹き出してしまう。
「お姉さんは?」
「神戸茉里奈。まぁ、自己紹介したところで会うのは今日が多分最初で最後だろうけど、宜しくね」
「ですね。東京は人が多いですし。俺、普段電車じゃないですし。宜しくお願いします」
俺がペコリと頭を下げると、彼女もペコリと頭を下げた。電車がやってくる。先程よりも若干空いた車両から人がどっと流れ出た。
「あ、そうだ。会社に遅れるって連絡しないと」
彼女は思い出したように立ち上がって、すぐにスマートフォンで電話をかけた。凛々しい表情で電話をする姿に社会人と高校生の違いを感じた。今の俺には彼女のような表情をして電話をかけることはできない。
「何とか大丈夫だった。私は次の電車に乗って行くね。葉加瀬君は、本当にサボるの?」
「……行きます」
「偉い!」
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