猫宮オブザデッド?

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俺は自室のベッドでうなだれていた。 猫宮さんのことを少しずつ理解して、その異常さと残酷さに溺れていたのだ。 彼女はこの家に来た、俺の家に来たんだ。 いつでも俺も俺の家族も殺せるということだろう…… それだけではない。 おそらく彼女が死ねば、みんな彼女のことを忘れる。 そして彼女は生き返るんだ、何度でも…… 自分のことを誰も知らないまっさらな世界で、猫宮さんは人を殺し続けるんだ。 ……勝てない、彼女は無敵だ。 殺しても殺しても彼女は生き返り、俺は独りぼっち。 俺はやつの獲物になったんだ。 そしてたぶん……彼女は楽しんでいる。 自分の世界に土足で入ってきた俺をいたぶってるんだ。 肉体も精神も俺は彼女に殺されるだろう。 自分のちっぽけさを喉元に突きつけられる思いだ。 俺は何もできない。 なんの力もない人間だ、彼女とは違う。 自分の運命を受け入れたくなくて、俺はまた咽び泣いた。 どうしようもなく無気力状態だった、 彼女のことを誰かに話しても、どうせ忘れてしまう…… それどころか信じてもらえるわけがない。 打つ手がない……俺はあの女の人形同然だ。 やつがその気になれば……俺の命なんてすぐに奪われる。 もう……何も考えたくない。 「たっちゃん、入るよ」 「うん」 俺はばあちゃんを部屋に迎え入れた。 ばあちゃんは酷く心配そうな顔をしている。 「まだ落ち込んでいるのかい?先生が亡くなったこと」 「……うん」 「ねえたっちゃん。ばあちゃんと外に出ようよ。約束した映画を観にいこう」 「いいね……」 俺は頭痛がする頭を手で押さえながら支度をした。 どうしても動きが緩慢になってしまう。 ばあちゃんはずっと部屋に籠りきりの俺を心配して誘ってくれたんだろう。 俺は着替え終わり、ばあちゃんをじっと見た。 ばあちゃんは優しく微笑み返してくれる。 もう俺に平和なんて訪れない。 きっと俺は殺される、いや……ばあちゃんや母さんにまで危険が及ぶ可能性もあるんだ。 あの女はやるだろう……俺を苦しめるためならなんだって。 どこにも逃げ場はない、助けを求めることもできない。 すでに八方ふさがりだった。 俺は残された日々を楽しむためにばあちゃんと一緒に外に出た。 ばあちゃんの運転する車に乗って流れる景色を眺める。 景色はいつもと変わらない。 歩く人も店や建物だって同じ。 何も変わっていないんだ、これが日常だ。 「楽しみだねぇ映画」 「うん、すごく楽しみだ」 俺とばあちゃんは言葉少ななまま映画館に到着した。 映画館特有の食べ物の甘い匂いが俺の鼻に入る。 そういえば映画館なんて久しぶりだ、最近はレンタルで済ませているから。 目当ての映画が上映されるアナウンスが聞こえた。 俺とばあちゃんは4番のシアタールームに入った。 ふかふかの椅子に座り、大画面に映し出される映像を見る。 画面には今後上映される映画の予告が流れていた。 「あの映画面白そうだねぇ」 「俺西部劇はあんまり好きじゃないな。地味だし」 「なに言ってるのたっちゃん。あの時代の銃で戦うからいいんじゃない」 「言ってることはわかるけど、俺はマシンガンのほうが好きだ」 俺が小さく笑うと、俺の手がばあちゃんの手に包まれた。 「久しぶりに笑ってくれたね、たっちゃん」 「……最近落ち込んでたんだ」 「なんでも言っていんだよ。ばあちゃんはいつでもたっちゃんの味方……」 俺はばあちゃんの腕を見た。 もう消えた切り傷を思い出し、俺の目が潤む。 どうして猫宮さんの狂気が頭から離れないのだ…… 「ばあちゃん……俺は」 映画が始まるようだ。 予告が終わり、上映中のマナーの説明をスクリーンの中の女性が解説をする。 俺は喋るのをやめ、徐々に真っ暗になっていく世界に身を投じた。 誰もが話すのをやめる。 俺はばあちゃんと手を繋いだまま映画を鑑賞した。 今上映されている映画は霊能力を持っている男が幽霊を倒していくお話だ。 冒頭が終わり、話の目的も決まって物語が動き始めた。 俺はこの映画に夢中になっている。 大好きなばあちゃんと一緒にいることで安心したんだ。 安心して、俺は主人公の活躍を目に焼き付ける。 別にストーリーが特別優れているわけでも、演技が素晴らしいわけでもない。 だが俺は主人公の彼に惹かれた。 その生きざまにとたくましく雄々しい態度に魅せられたのだ。 彼は生まれたときから霊に襲われ、精神的にも肉体的にも辛い思いをしてきた。 だがそれでも彼は諦めない。 忌まわしい体質と才能を受け入れて、その力を磨き上げて世のために悪霊を倒す。 才と知恵と肉体を使って…… なにより精神力が桁違いに強く、どんなときでも一切の怯みを見せない。 大切な人のために彼は剣を振るった。 俺は画面の中の登場人物に、ヒーローを見た。 そして俺の頭にとめどなく英雄たちの勇姿が蘇ってきた。 茹だる頭とぼんやりとした眼に映るのは今まで見てきた主人公たちの必死に戦う姿だった。 口を開けている俺は呆然と彼らの筋肉と愛の力を噛みしめる。 心臓が熱く動き出す。 俺はばあちゃんの手をぎゅっと握りなおした。 俺もヒーローになるべき時が来た。 怯えてても何も変わらない。 俺が家族を……ばあちゃを守るんだ。 口先だけでなく、意志と行動で示してやる。 どこからともなく激しい銃声が聞こえてきた。 彼らは誰かのために血を流し、満足そうに笑うんだ。 俺はばあちゃんを見やる。 楽しそうな俺の好きな笑顔がそこにあった。 濁流のように幼少からの記憶が流れ込んでくる。 俺はまだ死にたくない、この人生を大切にしたいんだ。 「俺……戦うよばあちゃん」 ばあちゃんは言葉を使わずに、皺だらけの顔をさらに優しく崩した。
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