333人が本棚に入れています
本棚に追加
***
「今日仕入れたばかりの商品だ、見てってくれ!」
「どうだいお嬢さん、安くしとくよ!」
客引きの声を笑顔で断りながら、街娘に扮したティアリーゼは慣れた様子で街を歩いていた。
(最後にお忍びの街歩きをしたのはかなり前だけれど、問題はなさそうね)
お妃教育に明け暮れていたとはいえ、気晴らしもなく続けるのはいくらティアリーゼでも無理だ。
たまにしか出来なかったが、お忍びで街に出ては人々の活気に元気をもらっていた。
今は例の商人の店へ向かうところだが、久々に見る民の様子にまた元気をもらえているような気がする。
ドレスは神殿長に頼み今着ている服と小金に変えてもらった。
冤罪を晴らすため暗躍するにはドレスで動き回るのは目立ちすぎる。
また、神官の衣も別の意味で目立つ。
聖霊力が多い神官は時に人々の祈りの代理をすることもあるため、代わりに祈りを! と群がられてしまうのだ。
だからお忍びと同じように街娘の姿で歩いていたのだが……。
「姉ちゃんべっぴんさんだなぁ。いい仕事があるんだ、ちょっと話を聞いてかねぇか?」
「え? いえ、私は……」
一人で歩いていた所為だろうか。
少し乱暴そうな男に絡まれてしまった。
思えばお忍びのときは誰かが近くにいた。
あれは単純に護衛のためだけではなく、このように絡まれないためだったのだなと今更ながら理解する。
「ほら、こっちだ」
やんわり断ろうとするが、強引な男はティアリーゼの手首を掴み人気のない方へと連れて行く。
(困ったわ。あまり大きな騒ぎは立てたくないのだけれど……)
ティアリーゼには魔術と神術どちらも使える力がある。
その力を使えば不届き者から逃れるのは簡単だ。
だが、普通の街娘はそよ風を起こす程度の術しか使えないため目立ってしまうだろう。
「ピピピ!」
「わっ、なんだこの鳥?」
ティアリーゼの危機と見たのか、ピューラが男に纏わりつくように飛ぶ。
だが、男の太い腕に振り払われそうなのを見てティアリーゼの方が慌てた。
こんな太い腕に当たったら、ピューラのような可愛い小鳥はひとたまりもない。
「ピューラ! 大丈夫よ、こっちにおいで」
呼ぶと、「ピュー」と不満そうに鳴きながらピューラはティアリーゼの肩に止まる。
(大丈夫。人気のないところに行けば術を使っても目立たないわ)
肩に止まったピューラのくちばしを指先で撫で小声で伝えると、頃合いを見て魔術を行使出来るように魔力を集中させた。
だが――。
最初のコメントを投稿しよう!