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上質な天蓋付きのベッドに、彼女は静かに眠っていた。
ありふれた茶色の髪、確か目の色も茶色だったはずだ。
安らかに寝息を立てている様は、本当にただ眠っているだけにしか見えない。
「この状態で家に帰されたのが三日前です。その二日前から目が覚めないと聞いているので、五日間眠り続けていることになります」
フロント氏の説明を聞きながら眠っているエリーに近付いた。
「何でも、お仕えしている令嬢が高位貴族の方から頂いた茶葉に毒が入っていたらしく……毒見を進み出たエリーがこのようなことに……」
最後の方は声が震えている。
本当に娘を大事に思っているのだろう。
父の娘を思う様子に心が温かくなるが、同時に公爵令嬢だと名乗らなくて良かったと安堵する。
もしかすると、メラニーはその高位貴族としてティアリーゼの名前を出していたかもしれないのだから。
(それにしても、眠り続ける毒……ね)
その特殊な作用にある一つの毒の名が浮かぶ。
「《エルシュの復讐》かしら?」
エルシュの復讐とは、神話で語られる毒の一つだ。
昔々、土の神の眷属・鉱石を司る神エルシュに惚れたモグラがいた。
だが美しいものを好むエルシュはモグラを気にも留めない。
思いを遂げたいモグラはイタズラ好きな光の神の眷属・悦楽の神フェアルデの力を借り美男の姿となってエルシュと一夜を共にする。
朝になり正体が露見したモグラは怒り狂ったエルシュに土に埋められてしまう。
それでも怒りが収まらないエルシュは、協力者のフェアルデにも復讐をする。
特殊な毒の花から作った眠り続ける毒を与えたのだ。
光の神がもうこのようないたずらをさせないからと説得し、エルシュは解毒薬を作りフェアルデを目覚めさせた。
その神話に出てくる毒の名を《エルシュの復讐》と呼ぶ。
ただ、人間の世界で扱われているのは効能だけを似せた偽物だが。
眠り続けているという症状を聞いたときから検討はつけていたが、フロント氏の話を聞く限り毒は《エルシュの復讐》で間違いないだろう。
本当は解毒薬があればいいのだが、《エルシュの復讐》もその解毒薬も希少なものだ。
歴史を顧みると王城では幾度か使われている毒だが、一般に出回るようなものではない。
未だにエリーが目覚めないところを見ても、豪商のフロント商会といえども解毒薬は手に入らなかったのだろう。
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