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ダーンナー王国
東南アジア最大の空港、ドンムン国際空港では今朝も世界中の観光客達を、スパイスの香りとともに出迎えている。
僕はフライトバッグを片手に携え、旅行者の波の間をすり抜けていった。
ショウアップしたら、その足でロッカーに向かう。制服の白シャツに袖を通し、空色のネクタイ、胸元には金のウィングマーク、ジェルを適当に前髪に撫でつけ帽子をかぶれば、パイロットのできあがり。
肩のループに4本ラインの肩章を通すたび、口元が緩む。機長昇格試験に受かって4ヶ月。背負う機体と責任の重さにもようやく慣れてきた。
空港のど真ん中に位置する、エブリスタ航空のオペレーションセンター。ダーンナーの人々は、まぁよくいえばマイペースだ。オフィスは冗談を交わす笑い声とコーヒーの香りが充満し、ベテランパイロットは空きデスクで、朝ご飯のお粥をかきこんでいた。
「おはよう、キャプテン・アズマ」
彼は市場で買ったというマンダリンオレンジを、差し出した手のひら一杯に乗せてくれた。礼を言ってから、大量のオレンジをとりあえずフライトバッグに詰めておいた。
ダーンナー人にとって食事の時間と食べ物の確保は最優先事項なのだ。生きていくためのシンプルな信条だと思う。
ミーティング・デスクにはすでに今日の相棒が待ち構えていた。
「サマンだったね。今日はよろしく」
「よろしくお願いします」
副操縦士のサマンとは今回初めて組む。この国の人々の特徴である焼けた肌に目がぱっちり、ではなく色白で少し童顔ぎみだ。
「天気図とMETARのデータは出しておきました」
予定時刻の前に事前準備を済ませているところをみると、律儀で真面目な若者らしいが、どこかよそよそしい。歳を聞いたら、4歳年下の28歳だという。
「じゃ、さっそくブリーフィング始めますか」
出発前には色々と機長の確認事項がある。特に天候は最重要項目のひとつだ。他にも整備点検、燃料の搭載量やウェイトバランスなどの法令で定められた項目をひとつづつチェックしていく。
今日のフライトはダーンナー第二の都市、ハジャムへの往復。ここから北に900キロ、片道約2時間半の慣れ親しんだ航路である。
この運航計画は航空運行管理官があらかじめ立ててくれている。地上のキャプテンと呼ばれる彼らとは、現在は対面しなくてもパソコンのシステム上でやりとりすることができるようになっていた。
「サマン、操縦どっちやる?」
「どちらでもいいです」
「じゃあ、2便目お願いするよ」
天候などに問題がなければ、操縦は機長でも副操縦士でもどちらがしてもいい。ただ今は7月、雨季の真っ最中だ。積乱雲の赤ちゃんがあちこちで生まれるから油断はできない。
2人は揃ってオフィスを出て、足早に飛行機へと向かった。出発ゲート周辺は搭乗を待つ人達で、すでにせわしない空気に包まれている。
隣を歩くサマンのフライトバッグには、国旗をかたどった名刺サイズのバッジがぴかぴかと金色に輝いていた。上下紫に中段が白、本当にこの国の人は国旗が好きなんだなと思わされる。
コックピット内の作業はサマンに任せ、機体の外部点検に向かった。
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