8人が本棚に入れています
本棚に追加
Take off
空港の駐機場は、まるでレース前のF1サーキットのように緊張と期待が入り交じっている。滑走路はさながらゴール前のメインストレートだろう。
主役が姿を現した。
鮮やかな空色の機体に黄色のスターが映える、エブリスタ航空の花形。
その迫力は、左右に広がる長い長い主翼の下に潜るとよく分かる。細部まで計算し尽くし、洗練されたものだけがもつ曲線美。このカモメの羽のように凛々しい翼が揚力を生み出し、70トンの巨大を大空へと飛び上がらせるのだ。
飛行機は上空で調子が悪くなっても、車みたいに降りて修理はできない。だからこそパイロット自らの点検が義務づけられている。前輪から始まり、時計回りにぐるりと一周。翼やエンジンに傷や亀裂、オイル漏れがないか、迅速かつ確実に、指さし確認していく。
「今日も一日、よろしく頼みますよ」
飛行機の鼻先めがけ、願いを込めて声をかける。
機内に戻るとすぐにクルーと打ち合わせがある。今日は男女2名づつ。土曜の早朝便とあって観光客や帰省する人で座席はほぼ埋まっていた。
コックピットに戻り、扉のフックに帽子を掛け、左側の操縦席に滑り込む。ヘッドセットを付けてからマイクの位置を口元に添わせた。
操縦席の前方中央には、飛行機のハンドルにあたる操縦桿と、飛行状況を確認するため、各席前方に2枚と中央に1枚、計5枚のモニターがついている。そのモニターを取り囲むように、300個以上のスイッチがずらっと頭上まで並ぶ景色は壮観だ。
搭乗口と貨物の扉を閉める5分前、グラハンから連絡が入る。そこからサマンは管制と離陸許可のやりとりに忙しくなる。
ATCから、ダーンナー訛りの英語で指示が入った。
『Everystar200, Runway 05, Line up and wait』
(エブリスタ200便、滑走路05に入って待機してください)
強い閃光を放つストロボ・ライトを点灯させて滑走路に進入する。永遠にも思える空までのびた滑走路を、朝の太陽がまぶしく照らしていた。すでに気温は30度を超えている。
「さて行きますか」
離陸は一発勝負。一度で巨体を滑らせ空に浮かばせる。だからこそ毎度違う、たとえようのない高揚感を味わえる。じわりと額に汗を感じながら、飛行機を滑走路へと導いた。
管制からの離陸許可がおりた。
『Wind 330 AT 10, Runway05, Cleared for take off』
(風330度10ノット、滑走路05からの離陸を許可します)
「Runway05 clear, Cleared for take off」
コックピットほぼ中央に位置するスラスト・レバーを押し込む。2つのジェットエンジンは空気を取り込み轟音をあげ、すぐに安定感のある音を奏で始めた。
さらにレバーを押せば、待ってましたといわんばかりにタービンは咆哮をあげ、推力をまといながら機体をぐんぐん押し出していく。滑走路の外に広がるヤシの木の広大な畑が、またたく間に過ぎ去っていった。
計器をモニターするサマンが数値を読み上げる。
「80」
「check」
時速約300kmまで一気に加速する。乗客の身体にもGを感じるほどだ。轟音と振動が全身を貫く。
「V…………1、、、VR!」
操縦桿を引き上げ、機体を引き起こす。V1の速度を超えれば、たとえエンジンがこの瞬間、片方、いや両方壊れたとしても飛び立たねばならない。離陸決心速度とはよく言ったものだ。
ふっと浮くような感覚と、消え去る振動音。
「…………V2、Positive」
地上の速度から、空の速度へ。
大きく旋回しながら、見慣れた街並みを一望する。茶色の大地が顔を出し、車も家も田んぼや河もミニチュアのようにどんどん小さくなっていった。
航空写真から、街と街が点と点で結ばれる地図へと頭の中で切り替わる。しだいに地上の景色よりも、濃い青空と雲の世界へと近づいていった。
最初のコメントを投稿しよう!