Hajham Airport

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Hajham Airport

エブリスタ200便は定刻通りハジャムへと到着した。こぢんまりしたハジャム空港には空港職員のための食堂がひとつしかない。サマンに昼食を一緒に食べようと誘ったら、えらく微妙な顔をされた。 食堂はレトロでノスタルジックな雰囲気だ。だだっ広い空間に細いパイプ椅子と錆びかけのテーブルが並ぶ。 サマンは唐辛子たっぷりのひき肉の炒め物を、ご飯にかけて食べていた。さぞかし辛いにちがいない。僕はすでにチャーハンを食べ終え、朝もらったマンダリンを食べ始めていた。このみかんの親類はものすごく甘くて、とにかく種が多い。 彼は紙ナプキンに乗った種を見て、分かりやすく眉を寄せた、笑いを帯びて。 「アズマさん、種をわざわざ出すんですか?」 もちろん知っている、ダーンナー人は種も丸飲みすることを。その方が手間もいらないし、食べるのも速い。だけどどうにもそのまま食べる気が起きないのだ。こういう時は……あまりこういう言い方はしたくないが、自分は日本人だと思い知らされる。 常夏のダーンナーは年中フルーツに溢れている。右を向けばバナナが、左にはパパイヤがはえている。スイカだって種を出してる人は見たことがない。 「日本にはね、スイカの種を飲み込むと、おへそから芽が出るっていう迷信があってね――だから日本人はスイカの種を食べないんだ」 「え、ほんとですか?」 サマンは顔一面に平たい笑顔を浮かべた。 笑うと意外と人懐っこそうだ。 「日本には何度も行ったことありますけど、そういえば日本でスイカを食べたことはありません」 聞けば日本のアニメとラーメンが好きで、年に一度は訪れているらしい。ここダーンナーでも日本のカルチャー、特にマンガとアニメは子どもにも大人にも大人気だ。 「僕なんて10年近く帰ってないよ」 「アズマさんはどうして……エブリスタ航空に入ったんですか?」 「僕はね、10歳からずっとダーンナーに住んでるんだ」 生まれてこの方、一度も日本に住んだことがない。 父は発電所の建設に携わっていて、ダーンナーの前は長くドイツにいた。中学からはインターナショナルスクールに通い、その後ロサンゼルスの大学に通いながら、フライトスクールに通って夢だったパイロットライセンスも取った。 だがパイロットを仕事にすることは簡単なことじゃなかった。各国の大手航空会社に入るには、だいたいその国の国籍が必要だ。諦めかけていた頃に彗星の如く現れたのが、設立してまだ5年たったばかりのエブリスタ航空だった。 「日本には戻らないんですか?」 「うーん、もう戻らないかな。今はハジャムが実家なんだ」 両親はハジャム郊外に一軒家を借りた。父は仕事をリタイアしてから真っ黒に日焼けしながら毎日ゴルフの腕を磨き、母はご近所さんを集めて草木染めの教室を開いている。生徒や近所の人がしょっちゅう来るし、猫も4匹飼っているから、なかなか賑やか家である。 「へーっ、おもしろい」 家族の写真を見せると、サマンは素直に喜んだ。 自分が一番長く住んだ、この国の上空を飛ぶことに迷いはない。ただ、日本列島の上を飛んでみたらどんな気持ちだろうと、そんな想像をしたことはある。 たまに飲みたくなる熱々の緑茶のように、どこかで日本の地を求めている自分もいた。このまま飛び続けていればいつか、雪化粧をした富士山を眼下に機長アナウンスを流すチャンスが巡ってくるだろうか。
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