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「あれっ、国旗がない!」
コックピットに乗り込んでから、サマンが叫んだ。
フライトバッグにつけていた、あの輝くバッジがないと。周辺を探してみたが、それらしいものは落ちていない。
朝、僕が見た時はまだ付いていたから、それ以降に空港か機内のどこかで落としたらしい。
「大事な物なの?」
「中学卒業の時に、父が記念に作ってくれたんです」
裏面に名前が彫ってあるという。だが金ぴかの高そうなバッジがこの国で手元に戻ってくる可能性は低そうだった。なんせタクシー運転手が財布の忘れ物を警察に届けただけでニュースになるお国柄である。
「まあ、大丈夫ですよ。なくても飛行機は飛ばせますから」
彼なりの最大限のジョークのようだった。
落としたのがパイロットライセンスの類いなら、スタンバイのパイロットに交代しなければならない大事件だが、所詮はバッジひとつである。
”国旗を落とした”という事実が小さく影を落としたが、済んだことは仕方がない、とすぐに気持ちを切り替えた。
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