Landing

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Landing

空は淡いマンダリンオレンジ色へと染まり始めた。カーペット状に広がる薄い雲の上に、影絵のように飛行機のシルエットがくっきりと映った。 エブリスタ205便はサマンの操縦で、離陸、巡航と順調に進み、ハジャムから首都へと向かっている。 着陸は日没を過ぎた頃になるだろう。地上よりも倍ほどのスピードで沈みゆく太陽は、地球の丸みと太陽の大きさを身近に感じる瞬間だ。 しばらくすると遠方の雲の先に、仏塔のような縦長の厚い雲が現れた。 「なんか怪しいのが出始めたな」 「CB(積乱雲)ですか?」 「気象レーダーに切り替えるよ」 ナビゲーションディスプレイに積乱雲のエコーが映し出され、航空経路のど真ん中に雲が赤く表示された。積乱雲の赤ん坊が、いつの間にか降下経路上に生まれていた。 積乱雲の中は危険がいっぱいだ。乱気流による揺れ、落雷や強雨で、時には操縦不能に陥ることもある。空港近くに積乱雲が発生したときは、慎重に対処しなくてはならない。 管制や他の飛行機から雲の情報を受け取り、エコーと照らし合わせる。空港も今は雨だが、降りる頃には止みそうだった。そんなにタチの悪い雲じゃないようだ。 「よし、上でちょっと待とうか」 今回は通り過ぎるのを待つことにした。生き急ぐ積乱雲に対抗するには、急がば回れの精神が有効だ。こんなこともあろうかと、燃料は少し多めに積んである。 「今のうちに後ろにアナウンスしたら?」 「は、はい」 彼はこほんとひとつ咳払いをした。 「なに、緊張してるの?」 「いえ、別に……少し」 「ほら笑って。笑顔のままマイクに向かうといいらしいよ」 彼はぎこちない笑顔を浮かべた。 「みなさま、副操縦士のサマン・アランワッターです。当機はこれから、ダンムン空港への着陸態勢に入ります。途中、気流の関係で機体が大きく揺れることがございます。座席に戻り、シートベルトをしっかりとお締めください」 続けて英語でアナウンスした。 ……さて、次はいよいよ着陸だ。 ATC『Turn left heading 320, cleared for ILS runway 34R approach』 (機首方位を320°に向けて滑走路34Rへ、計器侵入方式ILSによる侵入を許可します) 減速に伴い翼のフラップを下ろし、着陸態勢に入る。雲間から、滑走路が顔を出した。 サマンが往路は操縦している。コールするのは自分の役目だ。 「Approaching minimum」 「Check」 横風に少し揺られる。 「……minimum」 「Landing!」 サマンが着陸を宣言した。 夕闇の滑走路がライトとともに、あっという間に迫ってくる。地上へのカウントダウンが始まった。 『100……50……30……20……10、5』 ドンっと衝撃を腹に感じる、ハードランディング。翼の上のスポイラーがすべてが立ち上がり、機体を止めようと必死で踏ん張った。いつもより少し着陸距離を延ばしながらも、機体は首都へと戻ってきた。 ふうっと一息、サマンが吐く。 『Taxi U2 gateway ……via route 3』 管制からの指示に従って、誘導路を通り到着スポットへ向かう。 40箇所以上ある到着スポットまで向かう道のりは、まるで迷路のように入り組んでいる。しかも雨で濡れているせいでコックピットからは、地面に書かれたペイントや分岐点が見えづらくなっていた。 「サマン、違う! もう一個先を左!」 「あ!」 サマンが左折のルートを手前で曲がろうとしていた。叫ぶ僕の声にすぐさま反応する。飛行機は進路を変え、事なきを得た。 マーシャラーの指示にしたがい飛行機をスポットに停め、エンジンをシャットダウンし、コックピットのシステムもオフにする。 航空日誌に飛行時間などの記録をつけ、最後に機長のサインを書き入れたところで、ようやく一息ついた。 「サマン、今日はどうだった?」 「うーん、反省点は……ありますね」 「どこが?」 「CBと風に気を取られて、ランディングが荒くなってしまいました」 「それが失敗だと?」 「まあ、そうですね」 僕は日誌を閉じてから答えた。 「それは違うんじゃないかな。着陸は成功した。けど君は管制の指示とは違う誘導路に入ろうとした。僕が制止してなかったらどうなってた?」 「あっ、……そうでした」 「CBもランディングも済んだことだ。気持ちを切り替えて、次に何をすべきかを全力で考えなくっちゃ。ほら、明日にも君に機長昇格試験の声がかかるかもしれないよ?」 サマンの表情がぱっと輝く。 「そんな……そうですかね」 「いつ来てもいいように心の準備をしておかなきゃ。まあ、僕はもうすぐ定期審査だけどね」 「機長になっても、試験からは逃げられませんね」 「教官に言われなかった? 試験が嫌ならパイロットにはなるなよ~って」 わざとらしく声色を変えた教官のモノマネはサマンにもウケたようだ。彼の表情からは、もうさっきまでの暗さは消えていた。
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