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これからもよろしく
フライトバッグを引きずりながらボーディング・ブリッジを通り、ようやく地上へと足を踏み入れる。
クルー達と先行くサマンが振り返って声をかけてきた。
「アズマさん、この前南ダーンナー料理の美味い店見つけたんですけど、これからどうですか? クルー達と一緒に行こうって話になったんですけど」
「南ダーンナー? うーん、どうしようかな」
サマンとクルー達と飲みに行くということは、年長者である自分がさりげなくスマートに奢らなくてはならないということになる。グルメな彼らが指定する店は決して安くはない。
「南部料理は、そんなに辛くもないですよ」
「言っとくけど、君たちの辛くないと甘くないは信用してないから!」
ははっとサマンとクルーは一斉に吹き出した。
「じゃあ……アズマさんの機長就任祝いもかねて」
「よし、行こう! 全員でパーッと飲もう」
「やった」
「あれ?」
ブリッジを抜けた人気のないゲート前で、10歳くらいの小さな女の子がいた。身を乗り出して飛行機をのぞき込んでいる。母親はベンチに座り、スマホの画面に夢中になっているみたいだ。
「あの親子、ハジャムで乗る時もいたよね?」
ハジャムで乗り込む際、女の子は僕たちパイロットへ熱い視線を向けていた。まるで昔の自分のように。
「そうでしたっけ」
「ちょっと待ってて。声掛けてくる」
「えー、そんな時間ないですよ」
サマンが気だるそうに、離れていく僕の背中に不満を浴びせた。
お節介かもしれないけど、やっぱり気になる。彼女は近づいてくるパイロットの姿に気づいて驚いた顔をしていたが、すぐに歩み寄ってきた。
「こんばんは。今日はこの飛行機に乗ったんだよね?」
「……うん」
「飛行機が好きなの?」
「うん、あのね、待ってたんだよ!」
「え、僕たちを?」
女の子はスカートのポケットをごそごそさぐり、中から何かを取り出した。
「ねっ、これっ落とさなかった?」
「あ、そのバッジ!」
「ハジャムで拾ったんだけど、空港の人に届けるの、忘れちゃったんだ」
彼女の手の平に乗せられていたのは、金色に縁取られた国旗のバッジ。サマンを呼んで確かめたら、彼の物に間違いなかった。
「君が拾ってくれてたんだね!」
「へへっ」ちょっと誇らしげに彼女は口角を上げた。
「なんで彼のだって分かったの?」
「だって、名前書いてあるもん。副操縦士のサマン・アランなんとかですって、アナウンスで言ってたでしょ」
少女は飛行機に乗った後、バッジを拾ったことを思い出した。裏に名前を見つけ、しばらくすると機内アナウンスが流れたという。
「どうもありがとう。そのバッチ、この星と交換してくれない?」
フライトバッグのポケットにいつも忍ばせている、ステッカーを取り出して手渡した。エブリスタ航空の機体のイラスト、ロゴが描かれた大きなお星様がシールになっている。少女の表情が一気にほころんだ。
「はいはーい、寄って寄って」
その後記念に写真を撮った。サマンがカメラマンを名乗り出てくれ、慣れた様子でスマホのカメラを向ける。
「あ、ちょっと待って。帽子かぶってみる?」
「……うん! わぁ、キャプテンの帽子だ!」
機長の帽子には、つばに葉をかたどった金糸の刺繍が入っている。
「さすが、よく知ってるね」
僕はパイロット帽をそっと彼女にかぶせて言った。
「これからも、エブリスタ航空をよろしくね」
微笑む僕をぼうっと見つめていたが、すぐに力強くひとつ頷いた。
「はい!!」
彼女は元気よく答え、白い歯を見せた。
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