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翌日。
再び彼はやってきた。というより、私より先に昨日のベンチに座っていた。
やはり、ここは彼の場所だったのだな――と、私は少々申し訳なさを感じながら、隣に腰を下ろす。
「おはよう」
「おはよう、マキ」
明るい笑顔が、私に応える。
「ここへ来ること、ちゃんと伝えてきたのかい?」
「うん」
「そうか――じゃあ、今日はおじさんに村を案内してくれないかな? 君が好きな景色の場所へ。そうしたら、そこで絵を描こう」
「わかった」
そう提案したのは、彼の素性を探ろうという目的でもあったのだが、意外にも彼は快諾し、私を急かしながら歩き始めた。
途中、幾人かの村人とすれ違う。
「あら、牧本さん、おはよう」
「絵を描きに行くのかい? こんど見せてもらいたいなあ」
そんな声をかけられたが、誰も少年には声をかけない。
それどころか、目を合わせる様子もないのを見て、私は思った。
やはり、彼は村でうまくいっていないのだ。これが村八分というものなのだろうか――。
少々の不快感を覚えながらも、私は少年に案内されるままついていった。
たどり着いたのは、森の中の小さな池。大きな水たまり程度の大きさだが、青く澄んだ水を湛えたそこは、確かに神秘的で美しかった。
倒れた木の幹に腰を下ろし、少年はまた足をユラユラさせる。
「なかなか難しい題材を選ぶなあ」
そういうと、彼はピョンと丸太から飛び降りて、池の中の一点を指した。
水没した細い木の枝に、一匹のヤゴがとまっている。
大人になってから見るとなかなかグロテスクなものだな……と思いながら、私は少年を振り返った。
「これを描いて欲しいの?」
その言葉に、大きく頷く。
「綺麗でしょ?」
確かに子供の頃は、こういったものが綺麗に見えたものだ。
醜いヤゴが羽化し、立派なトンボとなって飛んでいく姿を思い描きながら、私はそれを描きはじめた。
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