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でも、ようく考えれば、ずいぶん卑怯な申し出じゃあないでしょうか。私の命を人質に命を差し出せなんて。まるで強盗じゃないですか。
それでも夫は
「迷う理由なんてなかった」
なんて言ったのです。私はあの人を責めました。なんという身勝手でしょう。幸福さえ貰えれば、私を残して死んでもいいなんて!
でももし、私が逆の立場に置かれたらどうでしょう?あの人と同じ選択をしないなんて、約束できません。人を愛することなんて、わがままなものなのですから。
「おまえとの人生は本当に楽しかった」
私が涙を流して、消え入りそうな声で「やめて…」と言ったとき、周りが冷たくなってきました。涙目を擦りながら後ろを振り向くと、やっぱりあの黒い人が立っていました。
「もう、いい加減にしろ。さもないと…」
その脅すような戒めるような声は、借金を取り立てるヤクザ屋さんよりもずっと穏やかでしたが、そんな人たちよりずっと暗くて深いものが秘められていました。
夫はもう覚悟を決めたようでした。得体の知れない者に魂を売り渡したことに、ずっと前から腹をくくっていたのでしょう。
「わかってる…。だけど、一つだけ聞かせてくれ。あんたは何者なんだ?悪魔か?死に神か?それとも、もしかして神サマなのか?」
「それらは皆、おまえたち人間が勝手に創ったものだ
おまえは、わたしが善なるものか悪なるものか知りたいのだろう
だが、わたしはおまえの“自分はどうなってもいいから家族を助けてくれ”という心を聞きつけて、それで取引したそれだけだ
おまえたちの興じている言葉遊びに付き合う義理はない」
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