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「おれは大歓迎だよ? 虫刺され。顔とか、首の前の方とか、よく見えるところならなおさら」
「……」
完全にその気になっている。
あぁ、黙っていればよかったものを、わたしはどうしてあんな余計なことを言ってしまったのだろう。
わたしはおそらく赤面しながら、鞄を持って立ち上がった。
「なんだよ、怒ったの?」
いつのまにかわたしに追いついていた御門が、真横で下駄箱にもたれかかり、上目遣いで訊ねてくる。
そうよ。
自分自身に腹が立ったのよ。
「なんでもない。さようなら、御門くん。悪い虫はもういないと思うよ」
その苛立ちを悟られないように、わたしは問いかけには答えず笑顔で立ち去ろうとした。だが。
「なるほどな。でも、虫除けしたいから、手伝ってくれる?」
「……」
この男は、わたしの何枚も上手だった。
“虫刺され”から“虫除け”という言葉にすり替えて、わたしにキスマークを付けさせようとしてくる。
どうしよう、と一瞬戸惑ったが、この男のご所望のものをつけるよりはマシだと思ってとあるものを彼の胸元に突き出した。
「ん?」
「レモングラスの香りのアロマスプレー。虫除けに効果があるの。どうしても必要なら、それ、つければ?」
「……」
「それじゃあね」
茫然とする御門をよそに、わたしは今度こそ下校した。
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