その魂愛を知る

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「オニキス俺、結婚が決まったよ」  愛する男が笑顔で放った言葉は、オニキスを絶望の淵に叩き落とした。 「…そう、か。おめでとう」  いつかくると覚悟していたオニキスはどうにか言葉を絞り出した。しかし、その顔は明らかに引き攣っていて、気取られてはいけないと咄嗟に自分の口を弓形にかたどった。無理やり作り上げた笑みは、オニキスの複雑な心を映す様に歪な形をしていた。 ***  ーーはるか昔、風の神リーフィアの伝説が広く語り継がれるこの国は魔法が栄え王族、貴族、平民が隔たりなくその恩恵を受けていた。  魔法の属性には火、土、水、風、光、闇が存在し、王族や貴族は2種類以上の魔法を操る者が多い。平民は1種類の魔法のみを扱えるものが多く、2種類以上操るものは貴重な存在だった。  平民出身のオニキスはその出生からは珍しく2つの魔法属性を使用することが出来たが、人前では風魔法のみを使用し、自分自身が最も得意とする闇魔法はその存在を隠して生きていた。  古代より闇魔法を操る者たちは毒の生成や呪いの扱いが上手いとされており、その力を暗殺やテロ行為に使用する権力者が多かったことから、いつしか闇魔法は恐れられ使用者は迫害の対象になっていった。現代でも昔ほどでは無いにしろ闇魔法を使用するものに対して差別的な思想は存在することから、闇魔法を隠して生きている者がほとんどだった。しかし、闇魔法とはその性質の応用で治療薬や魔法の研究に長けている者が多く、その存在を隠しながらも人々の生活に貢献していた。  オニキスもその一人で特に治療薬などの魔法調合に大変優れていることから、オニキスが住むプレナイト伯爵領にて魔法調合の店を営んでいた。その評判は伯爵領内に留まらず国の各地に広く知られており、オニキスの元にはいつも国中から依頼の手紙が舞い込んでいた。依頼の多くは病などの治療薬の調合だが中には惚れ薬などの強い思念がこもった依頼もありオニキスはそれらを見るたび辟易し、依頼書を破り捨てていた。これは単に作ることが難しいなどの理由ではなく、調合薬に強い思念を宿すものの髪や血などの体の一部が混ざれば「呪い」となりいかに優秀な闇魔法の使い手でも解呪することは容易ではなくなってしまうからである。故にオニキスはこれらの依頼を一切受けることはしなかった。 *** 「帰ったのか、オニキス」    男と別れてから自分がどうやって家に帰ってきたのか覚えていない。  「何かあったのか?」  心配そうに自分を見つめるこのキラキラした同居人の声に何故かひどく安堵した。 「ーーあい…つ…が……」  結婚すると言おうとした途端、堪え難い苦しみがオニキスを襲った。喉が潰された様に縮こまり声が出ない。胸が苦しくなり次第に呼吸が荒くなり徐々に意識を保てなくなる。 「オニキス⁉︎」  常より冷静なオニキスの異常事態に同居人は慌てふためいた。 「オニキス、しっかりせよ!」  ***  水面に浮かぶようにぷかぷかと意識が浮上し、オニキスはそこが夢の世界だと理解した。  「結婚が決まった」などとよくも簡単に言ってくれる。それも笑顔で。本当に憎たらしい。その男、ルカ・プレナイトは簡単にオニキスを傷つけることができる。ルカはオニキスにとって唯一無二の存在だった。幼い頃孤児院で出会ってから21歳になる今までオニキスが友人と呼べる人間はルカしかいなかった。一緒に過ごすうちルカに友情以上の気持ちを抱き愛してしまってからオニキスはずっとこの時を覚悟していた。しかしいざ現実になれば己の覚悟など木っ端微塵に砕け散ってしまう。  ルカは小さい頃からよくモテていた。ツヤのある栗色の短い髪の毛に、太陽の光のような美しい瞳を持ち、極めて整った顔立ちで、その上誰にでも柔和に接するものだから誰しもがルカに夢中になった。常に人の輪の中心にいるような男だったから自分がそばにいるのは相応しくないと何度思ったことだろう。  それでもそばにい続けたのはやはり捨てきれない想いがあったからだ。またオニキスがルカに相応しくないと感じるのは大きな身分差もあった。ルカはプレナイト伯爵家の嫡男で常ならば自分の様な平民と友になることなどありえないのだ。しかしルカがあまりにも気さくに笑いかけてくるものだからオニキスは誰にどんな陰口を叩かれようと陰湿な嫌がらせを受けようとさして気にすることもなくルカの親友という特別な場所を誰にも明け渡さなかった。 ***  オニキスが目覚めたのは夜も更けた頃だった。 「目が覚めたか。急に倒れるものじゃから驚いたぞ」 「ーージル」  オニキスの同居人であるジルベーヌが心配そうにオニキスを見遣っていた。その心遣いにオニキスは少し心が安らいだ。 「お前のおかげで少し気分が楽になった。まじないをかけてくれたんだろ」  鉛の様に重かった心が少し軽くなっていた。恐らくジルが落ち着くまじないをかけてくれたのだろう。この同居人のジルベーヌは正しくは人ではなく妖精族だ。人並外れた中性的な美しい貌に、エメラルドの様に輝く瞳、天使の輪っかが光る薄い緑の長髪はまるで遥か昔の神話より出てきた風の神リーフィアのようである。  ジルベーヌは少し間を置いて口を開いた 「原因はルカじゃな」  名前を聞いた途端また強い苦しみがオニキスを襲う。ジルに隠し事はできない。オニキスが両親を亡くした頃より共に生きるジルは、オニキスの事をよく理解していた。 「ーー結婚するそうだ」  言葉にすればまた気が遠くなる程苦しい。 「そうか」  ジルはそれきり何も言わなかった。 「腹が減ったじゃろ?今日は特別にわしがお主の好物をなんでも作ってやるぞ」    しばらくしてジルは、伺う様にオニキスに言った。  「平気だ。それにお前は料理が壊滅的に下手だろう。台所を燃やされては困る」 「なんじゃと、こっちは心配して言ったのだぞ」 「分かっている。ありがとう。でもお前がかけてくれたまじないで十分元気が出たから、もう大丈夫だ」 「それならいいが、何か欲しいものやして欲しい事があれば言うのだぞ。今日は特別になんでも聞いてやる」 「随分優しいな」 「ふん。そんなお主を見たら只事ではないと分かる。今はせいぜいわしに甘えるがいい」 「ありがとう」  ジルベーヌが自分を芯から心配している事が伝わってくる。 「ジル、少し眠る」  ジルベーヌとの軽い掛け合いで多少気が紛れたものの隙があればルカの言葉を思い出してしまう。今日はあまりにも疲れた。オニキスは重たい鉛を抱えながら深く深く眠りについた。 ***  オニキスが寝息を立てるまでジルベーヌはそばに座っていた。 「悪夢はわしが食べてしまう故、今はよくお休み、愛しい子」  オニキスの額に軽くキスをし、ジルベーヌはもう一度まじないをかけた。愛し子の心の平穏を切に願いながら。 ***  翌朝窓から差す陽の光でオニキスは目を覚ました。昨日自分に起こったことが夢ならばと思ったが鉛の様に思い心が現実だと訴えてくるから受け入れざるを得ない。  今日もたくさんの依頼をこなさなければと思うとため息が出たが数分後には用意をすませ調合室に降りていった。仕事に集中すれば少しの間でもルカのことを忘れられるかもしれない。 「起きたようじゃの、ちゃんと眠れたのか?」  いつもと変わらないジルの様子にひどく安心した。  「おかげさまでよく眠れた」   言外にジルがかけてくれたまじないへの礼を言う。ジルがいなければ今日こんなにも眠ることは出来なかった。おかげで今日もいつも通り調合の仕事ができる。 「今日も依頼は山積みだな。とっとと片付けよう」 *** 「キ、ス、ニキス、おい、オニキス!」   大きなジルの声に作業に没頭していたオニキスはビクッと肩を揺らした。  「いきなり大声を出すな」 「いきなりではないわ。先程からずっと呼びかけておるのに全く気づかないではないか!」  どうやら作業に没頭するあまりジルベーヌの呼びかけに応じることが出来なかったらしい、彼がが半分心配したような怒っているような声でオニキスを見ていた。 「悪い、集中しすぎたみたいだ」 「オニキスもう夜も深い、そろそろ切り上げてはどうだ?」  気づけば辺りは真っ暗になっていた。いつのまにこんなに時間が経ったのか。 「そうだな。こんなに遅くまで付き合わせて悪い」 「なにを、いつものことじゃ」  そう言って笑うジルべーヌにオニキスは彼がこの時間までわざとそっとしておいてくれた事に感謝した。 ***   最後にルカに会ってから1週間の時が経っていた。仕事でルカのことを脳から締め出していたオニキスの心は少しばかり回復の兆しを見せていた。その頃だった魔術調合の店兼自宅にえらく綺麗な便箋が届いた。オニキスはその便箋を見た瞬間中に何が書かれているのか理解した。ジルベーヌに声をかけられるまでの長い間オニキスは無言のまま便箋を見つめ固まっていた。  その日は午後からどしゃぶりの雨で午前中が過ぎれば店にお客は誰も来なかった。 *** 「今日は1日わしがそばにいるから安心せよ」 浮遊の魔法を使いオニキスのそばでプカプカと漂いながらジルベーヌが言った。 「大丈夫だ、ジル。今日がいつかくるのはずっと分かっていた。それに招待状が来てもう2ヶ月経っている。あいつの前でもいつも通りいられるはずだ」 そう、今日はルカの結婚式の日だ。2ヶ月前オニキスの元にそれは届いた。本来貴族の式に平民が出ることなどあるものではないから招待状は届かないと思っていただけに見たときは複雑な想いだった。 「式が終わればすぐにベルデに行くからジルもーー」 準備をと言い終わる前にジルベーヌが言った。 「本当に行くのか?」 「ああ。このままここにいたら俺はルカの邪魔になる」 「邪魔になどーー」  今度はオニキスがジルの言葉を遮った。 「あいつは結婚して家族を持つ、そしてそう遠く無い未来、伯爵家を継いで立派な領主になるだろう。あいつは優しいから俺をいつまでも友と呼びそばに置いてくれる。だが「伯爵」となったあいつの隣にはもう俺は必要ない。それにこんな想いを引きずった男が側にいるなんてそれこそあいつやあいつの家族からすれば迷惑だ」  オニキスは抑揚のない平坦な声で矢継ぎ早に言葉を紡いだ。 「ーーオニキス。」  シュンと萎んだような顔でジルはオニキスをを見ていた。おそらくオニキスの言い分が本心では無いと気付いているのだろう。嫌、正確には本心だ。だがオニキスが本当に恐れていることはそれではないとジルベーヌには分かってしまう。  この伯爵領に留まればどんなに耳を塞いでもルカのことを知ってしまう、ルカの隣に自分ではない他の誰かが立っている、あいつが笑いかけている、幸せそうに。それを側で見ているなんて自分にはできない。その事こそががオニキスが最も恐れていることだった。 ***  結婚式はこの国の国教であるアネモーナ教の大聖堂で盛大に行われる予定で、オニキスとジルベーヌが到着した頃にはすでに沢山の人でごった返していた。 「すごい人じゃな。彼の地でこの様にたくさんの人間を見る事は珍しい」 「そうだな、さすが伯爵家の結婚式といったところか、国中から来賓があるようだ」 「なるほどの。ところでオニキスよ、式までにはもう少し時間があるのだろう?」 「ああ、式までにはまだ数刻あるはずだ」 「それは良い‼︎」  オニキスは嬉々として反応したジルベーヌに嫌な予感がした。 「先ほど聞いたのだが、この大聖堂とやらの裏にそれは大きくて美しいと有名な庭があるらしいんじゃ。わしはそこに行きたい‼︎」  やっぱりな、絶対に言い出すと思っていた。妖精族はみな動植物を好む傾向にあるが、ジルベーヌはそれが顕著であったのでオニキスは予め予想していた。それ自体は大いに結構なのだがジルベーヌは植物のことになると時間を忘れて戯れ一度そうなるとこちらの呼びかけにも応えずいつも連れ帰るのに苦労するのだ。 「まったく、どこでその話を聞いてきたんだ。また盗み聞きしたのか?」  本来妖精とは人には見えない生き物である。オニキスはその魔力の強さや相性によりたまたま見ることができるがジルベーヌが人にへんげしない限りはこちらから干渉する事はできない。 「盗み聞きとは言ってくれる。ここに入る途中浮遊していたら話しているのがたまたま聞こえたのだ。それよりも行くのか?行かぬのか?行くじゃろ‼︎行くに決まっておろうな‼︎」  ジルベーヌはこうゆう時自分の容姿が美しい事をよく理解していてオニキスが断れない様に子犬の様な目線を向けてくる。こうなってしまったらオニキスはもう否とは言えない。 「分かった、分かった。だからその目をやめろ」 「では、ゆくぞ‼︎」  鼻から荒く息を出しながら進むジルベーヌを仕方ないと思いながらオニキスもあとを追う。その時だった。 「オニキス!」  オニキスは自分を呼び止めたその声にひどく肩を跳ねさせた。しかし次の瞬間には勤めて冷静に声を出した。 「ルカ、久しぶりだな」 久しぶりに見るルカの顔にオニキスは複雑な心境だった。 「オニキス、今日は来てくれてありがとう」 「お前の結婚式なんだから来るに決まっているだろう」  自分は今普段通り話せているだろうか。 「ーーホントにありがとう」 「式の前にお前に会えてよかった、これを渡しておきたかったんだ」  オニキスは予め用意していた木箱をルカに渡した。 「これはなに?」 不思議そうな顔でルカは箱を見つめた。この顔を見るのもあと数刻だと思うとオニキスはひどく悲しくなった。 「結婚祝いだ。お前に相応しい物をやりたいとずっと思っていた」  「とても嬉しいよ。ありがとう、オニキス」   いつもと変わらない優しい笑顔だった。 「今開けてもいい?」 「今はまだダメだ。お前がこの先どうしようもなくなった時それを開けてくれ」  ルカは優秀だ。だからこの先つまづくことなどないかもしれない。つまづいても周りがルカを支えるだろう。この地を去る自分にルカへできることはもう何も無い。だからこれは餞別だ。ルカがどんな時もルカでいられるように。そして俺という存在がいた事をルカに忘れないでいてもらう未練がましい俺のわがままでもある。 「うーん。中身が気になるな」  ルカは眉間にグッと力を入れて何か考えている。相当中身が気になるらしい。まだ秘密だとオニキスは心の中で笑った。 「ところでお前こんな所にいて大丈夫なのか?」 「ううん、大丈夫じゃないんだけど。オニキスと少しが話したくて」  少し緊張している様なルカの表情にオニキスも体が強張ってきた。 「どうしたんだ?そんなにあらたまって、怖いぞ」  場を少しでも和ませたくてオニキスは無理やりに口を弓形にした。 「ーー笑った」  ルカが少し微笑んで何事か呟いたが周りの騒音にかき消されオニキスには聞こえなかった。 「何か言ったか?」 「ううん、何でもないよ」 「それで、話って?」 「あのね……」  ルカが何事か言いかけた時だった。オニキスは背後からとてつもなく嫌な気配を感じて振り向いた。なんだこの強い怨念の気配は、いったいどこから。 (オニキス、聞こえておるか?)  頭の中にジルベーヌの声が響く、念話だ。 (ああ、聞こえている。これは何なんだ?) (今すぐ庭園の奥道に来てくれ) (分かった、すぐに行く!) 「悪い、ルカ。」  オニキスはそれだけ言い残して風魔法で瞬時にその場から姿を消した。 「オニキス?待って‼︎」  あまりにも急なことで呆然としたルカは「行かないで」と声に出すこともオニキスの後を追うことも出来きずただ立ち尽くしていた。 ***  聖堂を出てしばらく風魔法を全力で使いジルベーヌがいる庭園の奥道にたどり着いた。そこには禍々しい怨念を放つ「何か」がいた。 「あれは何だ?」  あまりの瘴気にオニキスは顔を顰めた。この胃から酸が上がってくるような気持ちの悪い気配は「呪い」だ。こんなに濃い気配はただ事じゃない。 「先ほどからゆっくり大聖堂に向かっている。こやつの目的はこの結婚式かもしれぬな」 ジルベーヌは探るように「何か」を観察していた。 「あれを聖堂に近づける訳にいかない。ジル、ここで止めるぞ」 「ああ、じゃが下手に触ればこちらも呪われる」  オニキスが魔術を唱えはじめるとそこには大きな魔法陣が出現し辺りをたちまち結界で包んだ。 「この結界の中でならいくら暴れても問題ない。畳みかけるぞ、ジル」 「待て、オニキス‼︎ーーあの怨念の気配、奴は人じゃ‼︎」 「ーーひと…だと?ーーあの禍々しい呪いが人だというのか?」  オニキスは考えた。あの呪いの核が人だと言うことはその中心にいる人物が呪いの根幹だ。呪いとは人の体の一部を使えばより強力になる、そして魂を使えばもう解ける方法は… 「ーーア……デ…レード…、ーーア……デ…レード…」 「あやつ何か言うておるぞ。」 「アデレード?」  どこかで聞いた名だ。 「アデレードとはもしやルカの?」 「そうか。アデレード・スミス。ルカの結婚相手だ。」  オニキスはそこで得心した。今目の前にいる者が何をしようとしているのか。ならば是が非でもここで止めなければならない。 「この先には行かせない」  オニキスは言葉を発するのと同時に攻撃魔法をしかけた、己が最も得意とする闇魔法で。 ***  数分の間オニキスは呪いと格闘したが、効果は全くなく暫くした後悟った「無理だな。」オニキスはこの場をとても冷静に見ていた。呪いとは闇魔法の一種、闇魔法の能力が長けているオニキスだからこそこの状況を正しく把握することができた。 「ジル、頼みがある」  オニキスは静かにジルベーヌを見た。その眼差しでジルベーヌにはオニキスが何を考えているのか分かってしまった。 「ならぬ!ならぬぞ! 、オニキス!」 「他に方法はない」 「ーーしかし、おぬしの」  ジルベーヌが言い切る前にオニキスが声を発した。 「いい。」  とても静かな声だった。 「俺の一生に一度の頼みだ」  その言葉を聞いた瞬間ジルベーヌの頬に一筋の光が流れた。 「泣くな。」 「おぬしが泣かぬから、わしが泣いておるのじゃ。この大馬鹿者!」 「馬鹿とは言ってくれる」  フッとオニキスが微笑み、居住まいを正した。 「大妖精ジルベーヌ・フォン・マティアートベルデ様。私と精霊契約していただきたく存じます」  オニキスが腹の底から声を出し2人がいる場所だけが途端神聖な空気に包まれる。 「ーーよかろう。おぬしはわしに何を望み、何をくれる?」  ジルベーヌがまとうオーラやその面差しが変化していく。常ならば美しいエメラルドの様な瞳をしている目がルビーの様に赤くなり瞳孔が開いている。薄い緑の美しい長髪も今は黒にも似た深い緑色に変色していた。先程まで泣いていたはずのジルベーヌは今や獲物を前にした獰猛な獣の様だ。 「私の願いはただ一つ、あの呪いをここで食い止めること。そして代償は私の全てです」 「よかろう。身命を賭して守りたいというのじゃな。おぬしの願いこのジルベーヌが聞き届けた」  その瞬間オニキスは自分の体が浮き上がっていることに気づいた。重たくなる瞼に抗って呪いに目を遣る。ジルベーヌから凄まじく眩しい光が放たれ、その光がオニキスが張った結界の中で爆発してあの怨念の元まで届いた。それと同時に怨念の周りの瘴気が浄化され核となっていた人物が輪郭を表した。目を開けていられないような激しい光の中で男が泣いていた。膝立ちになり大粒の涙を流し、嗚咽をこらえる様に手で顔を覆っている。その姿はまるで自分を見ている様だった。ああこの男も愛していたのだと。ならば自分と同じだ。そう思うとオニキスはその男を放っておけず思わず手を差し伸べた。しかし男はその手に気づく事なく砂の様に崩れ落ちていった。男の痕跡は何も残ることがなかった。ただ一つ燃える様な赤い石がついたネックレスを残して。 *** ーーー隣国ベルデ領辺境にて 「誰だ、あんた」   珍しく仕事場のドアを叩く音がし、扉を開けるとそこには「久しぶりだね」と言うやたらキラキラした男が立っていた。久しぶりだと言うがオニキスにはこの男に会った記憶が無い。 「………えっ、……」  目の前の男は唖然とし、目を見開いたまま黙り込んでしまった。 「俺たちは前に会ったことがあるか? すまないが覚えがない」  こんなキラキラした男ならば一度会えば忘れないだろうなとオニキスはもう一度記憶を辿ってみるもやはりこの男に会った事はないと今度は確信をもった。 「…………」  オニキスは一向に話し出さない男を初めは訝しんだが相手から全く悪い気を感じなかったことから部屋にあげることにした。玄関から応接室に移り、ソファーに座る様に勧めた。男はあれからずっと俯むいていて先程のキラキラしたものから随分と様相を変えていた。鈍いオニキスから見てもあからさまに落ち込んでおりオニキスは申し訳なく思ったが知らないものは知らないし、思い出せないものは思い出せないのだ。この男に詳しく聞いてみる他ない。なんとかソファーに座った男にオニキスはもう一度質問を投げかけた。 「申し訳ない、だが本当に分からないんだ。俺とあなたはどこかで会った事があるのだろうか?」  オニキスの問いかけに男はさらに顔を暗くした。この男にとってオニキスが男を知らない事はそんなに重たい事実なのだろうか。気にはなったが男の返答を待つしかない。 「ーーあの!」  「オニキス‼︎」  男がやっと発した声をジルベーヌの大きな声が遮った。珍しく人の姿になり慌てた様子のジルベーヌにオニキスは眉を寄せた。ジルベーヌは普段人に会うことをあまり好んでいないために人に見えない精霊の姿でいることが多い。そんな彼がなぜ人の姿でここに現れたのかオニキスは不思議で仕方がなかった。 「いきなりなんだ?びっくりするだろう。それに今来客中だ」  「オニキス、その御仁と少し話をさせてくれぬか」  オニキスはジルベーヌの申し出に更に眉を寄せた。いつもの彼なら絶対にこんな事はしないはずだとより一層不思議に思ったがその瞳はあまりにも真剣さをたたえていたからジルベーヌを信じることにした。 「分かった」 オニキスはそれだけ言い残すと仕事場から出て行った。 *** 「久しぶりじゃな。と言ってもお主に会ったのは随分と前のことじゃが」 「誰だ?と言われてしまいました」  目の前のルカはひどく気を落としている。それもそうだろう長年の友に会いに来たら誰だと言われたのだ。 「やはり俺の結婚式の日にオニキスに何かあったのですね。」 「お主、あの日のことを知っておったのか?」 「はい。事細かく把握しているわけではありませんがおおよそ何があったのか予想はできます」 「それならばなぜ今オニキスに会いに来たのじゃ?あの日からもう3年の月日が経っておるとゆうに」  ジルベーヌはルカの真意を探るように眉間に深く皺を寄せた、その美貌でより凄みが増している。  「ーー会いたくて」  ジルベーヌはルカのまっすぐに澄んだ瞳を見てため息をついた。 「お主変わらぬな」 「何がでしょうか?」 心底不思議そうにルカは首を傾げる。   「そういうところじゃ」   ふふっとジルベーヌは笑った。この男は昔からまっすぐに人を見つめた。優しさで包むように。この男こそが幼いオニキスの心を救い、振り向かせたのだ。自分ではなくこの男が。だから協力を惜しみはしない。それが可愛いあの子のためになると知っているから。 「ルカよ、オニキスは今お主のことを覚えておらぬ。記憶が戻ることも限りなく0に近い」 「ーーそう…ですか」 「お主先程あの日何があったか予想できると言っておったの、あの場にいなかったお主がなぜ知っておるのじゃ?」 「私の元妻があの日あの場で何があったのかおおよそを教えてくれました」 「元妻?アデレード・スミスのことか?」 「はい」 「しかしあの時あの場所には私と、オニキス、そしてもう一人男が居ただけのはずじゃ。彼女が知るはずがない、それになぜ元妻なのじゃ?」 ジルベーヌの頭は疑問でいっぱいだった。 「お話します。全て。あの日のこともアデレードのこともそして今オニキスに会いにきた理由も」 ルカはゆっくりと話し始めた。 「俺の妻だったアデレードは闇魔法を使うことができました。だからあの日何があったのか彼女は魔法陣の痕跡を辿ることで真相に近づいて行きました。彼女にはガイルという恋人がいました。彼は彼女よりも5つ年上でスミス邸で庭師をしていたそうです。交際期間は長く彼女も結婚を望んでいた様ですが両親に言い出すことができず、結局彼女は己の責任を優先しました。2人は結婚はできなかったけれどお互いの幸せを祈るという約束を交わし別れたそうです。式からしばらくして彼女はガイルが行方不明だという噂を耳にしました。ガイルはとても真面目な人だからいきなり仕事を放って出ていくなんて考えられないとせめて所在だけでも知りたいと思いガイルの行方を調べたそうです。そして調査の末、式の日にガイルを大聖堂の付近で見たというものが現れたのです。ですがその者が言うには彼はどこかおかしく尋常ではない様子だったと。彼女はとても嫌な予感がし、すぐに大聖堂に向い調べてみたところ大きな呪いの痕跡を発見しました。彼女は闇魔法を使いその術を紐解いて当時の様子を再現する事に成功しました。だけどそれがダメだった。そこで見た物に彼女は絶望しました。実際に何を見たのか彼女から詳しく聞く事はできませんでした。しかしガイルが亡くなってしまった事と何者かによってガイルが救われた事だけは聞くことができました」 「なるほど、そしてお主はガイルを救った何者かがオニキスだと考えたのじゃな」 「そうです」 「アデレードはガイルの死を知った後心身を病んでしまい元々体が弱いということもありましたが伏せがちになり実家に戻る事になりました。彼女は俺にとっては妻というより同志でした。お互い愛する人がいた。けれど他にも守りたいもの、守るべきものがあって。俺は同志として彼女の事を支えてたいと思いましたが、俺の気持ちを見透かした様に彼女に言われてしまったのです。『あなたの愛する人はまだ生きているのだから追いかけなさい、失ってからでは遅いの』とその後彼女は両親に自分の正直な気持ちを話して俺の元を去りました。今は実家で療養をしているそうです。俺はだんだん弱っていく彼女を見て自分を重ねていました。もし彼女が言う何者かがオニキスだったら、もしオニキスが自分を助けたせいで命を落としていたら、いてもたってもいられなくなって自分の本当の想いを両親に話しました。そしてプレナイト領の領主から少し離れ3年の猶予をもらい各地を探し回りましたーーそしてようやく見つけた」  ルカは涙を堪えながら噛み締める様に言葉を紡いだ。 「忘れられてしまったことは悲しいですけど。また会えただけで生きていてくれていただけで本当に奇跡の様なことなんです」  たまらないとルカの瞳から大粒の雫が溢れた。 「そうか、この数年ずっとオニキスを探してくれたんじゃな。辛かったじゃろ。ありがとう、ルカ。あの子を諦めずにいてくれて」 「いえ、俺なんかひたすら探し回っていただけでオニキスは俺を守ってくれたのに……ジルベーヌさんあの日の事を俺に教えていただけませんか。知りたいです。オニキスの身に何が起きたのか」  いっぱくおいてジルベーヌは語り始めた。この話をする事は恐らくオニキスの本懐ではない。しかし知っておいてほしかった、ルカだけには。もし私が言わなければ誰が気づいてくれようか。あの子の優しさや強さに。あの子が何を犠牲にし、何を守ったか。 「それではやはりあの時オニキスは闇魔法を使用したのですか?」 「最初は闇魔法で対処しようとしたのだ、じゃが魂と引き換えにした呪いじゃたからそれだけでは足りんかった。ーー故にオニキスはわしと契約したのじゃ」 「契約っ!もしかして…それは、精霊契約のことですか?」 「そうじゃ。オニキスはわしと精霊契約を行った。そしてその代償に記憶を失った」 「、、、そんな」  ルカの表情はみるみる色を失った。 「契約の代償はその者にとって最も大事な物を差し出す事じゃから本来は命そのもの魂であることが多い。あの時オニキスも恐らく自分の魂を代償にするつもりじゃったのだろう。じゃがオニキスには自分の命より大切なものがあった」 「…………」 ルカの瞳が確信を得たように光りはじめた。 「そう、お主じゃよ」 その言葉を聞いた瞬間ルカから大粒の涙が溢れた。 「ーーお…れ、ため…に…」 しばらくの間ルカは涙を流し続けた。 *** 「契約後わしはオニキスの代償と引き換えに強い光魔法を使いあのあたり一帯を浄化したんじゃ。その時ガイルとやらの肉体は滅びてしまったがあの者の魂は浄化することができた。じゃからまたあやつの魂が命の輪に乗ることも可能であろう。今世に報われる縁はなかったがまたどこかでアデレード嬢ともう一度再会できると良いのう」  あっ、とそこでジルベーヌは思い出した様に席を立った。 「これはお主に渡しておく」    ジルベーヌが手にしているのはとても美しい赤色の石がはめ込まれたネックレスだった。 「ガイルが消えた時これだけが残った。彼の形見じゃな。よければアデレード嬢に渡してやってくれ」  「これは!」 ルカは少し驚いた様だった。 「この赤色はアデレードの瞳の色です。アデレードも青色の石がついた美しいネックレスをいつも大事にしていました」  「そうじゃったのか、持っておいて正解だった」 「必ずアデレードに届けます」 「うむ。ところでルカ、お主はこれからどうするのじゃ?全て聞いた今オニキスがお主をどれほど大切に思っておったかわかったはずじゃ」 「ジルベーヌさんーー俺オニキスのそばにいたいです。オニキスが犠牲になって俺の事を守ってくれた事を聞いて自分の至らなさを悔しいと思うのと同時に嬉しいとも思ってしまったんです。本当はこんな事絶対に思っちゃいけないのに」 「お主らは似ておるな。互いに側にいたいと強く望んでいるのに互いのために自分を犠牲にして自分の想いさえなかった事にしようとして。人間とは本当に厄介な生き物じゃ」   ルカはジルベーヌの瞳をまっすぐに見つめて強い決意がこもった目で言った。 「俺、オニキスが好きです。本当に愛しています。一度は諦めてしまったから、もう二度と諦めたくありません。今のオニキスにどんなに迷惑がられても嫌がられても側にいます」  常は理知的で穏やかなルカとは違いあまりに勢いよく言うものだからまるで娘を嫁にくれと言われた父親の気分だとジルベーヌはくすぐったいようななんとも言えない気持ちになった。 「そうか。ならば頑張るがいい。お主ならオニキスをもう一度振り向かせることも可能じゃろうて」 「はい!」 ***   オニキスはしばらくは薬草などを採取し時間を潰していたがそれにも飽きてもう仕事場に戻ろうかと言う時に先程の男が馬に乗ろうとしていることに気がついた。あの男は結局誰なのだろうかと疑問に思ったが男の顔の憂いがなくなっていたためジルベーヌと話した事で男の問題は解決したのだろうと解釈した。  男が去るのを確認して仕事場に戻るとジルベーヌが紅茶を飲みながら優雅に座っていた。  「問題は解決したようだな。お前の知り合いだったのか?」 「まぁ、そうじゃな」 「人嫌いのお前に知り合いがいるとは知らなかった」  言外にあの男は誰だと告げれば「気にするでない」とだけ返事が返ってきた。要領を得ないジルベーヌの答えにオニキスは疑問を持ったが、ジルベーヌの気にするなという一言で考えるのをやめた。ジルベーヌが言うのだから本当に放っておいていいのだろう。 「今日も依頼が何件か入っているんだ。とっとと片付けてしまうぞ」  ソファーにくつろぐ相棒にサボるなと目で訴えかけた。 「お主は本当に人使いが荒いの」  ジルベーヌのプイッと子供の様に口を膨らませている様子に呆れながらもオニキスは続けた。 「お前は人間じゃないだろ」  軽口もそこそこに午後の仕事に取り掛かった。 *** 『ブーーー、ブーーー』  どうやら仕事場のドアベルが鳴っているらしい。こんな朝早くから一体誰だと思うもののもしかしたら命に関わる緊急の依頼かもしれないとオニキスはベットから起き上がり急いで仕事場の玄関に向かった。 「やぁ、おはよう」 急いで出てきた言うのにそこには昨日のキラキラした男がこれまたキラキラした笑顔で立っていた。 「あんた、昨日の」   オニキスは一瞬その笑顔に気圧されそうになったもののなぜこの男がまたうちにいるのか理解できずしばらく思考を停止させた。 「待っていろ、今ジルベーヌを呼んでくる」  恐らくジルベーヌに急ぎの用でもあるのだろうと思いジルベーヌを起こしに行こうとした時男が声を発した。 「君に会いにきたんだ」 「俺に?」  オニキスは怪訝に思ったが、そういえばこの男は昨日オニキスに会った時「久しぶり」と声をかけてきた事を思い出した。やはり俺と彼はどこかで会ったことがあるのだろうかとオニキスは再び記憶を辿った。がやはり彼と出会った記憶は見当たらなかった。  考えにふけっているとまだ眠そうなジルベーヌが玄関にやってきた。 「なんじゃ朝から騒がしいのう」  フアーと欠伸をしながらジルベーヌは呑気に言った。 「お隣さんではないか。さては引っ越しの挨拶に来てくれたのか」 「はい。今朝引っ越しが無事終わりまして。挨拶に伺いました。」  お隣?引越し?なんのことだ。オニキスは2人の会話をいまいち理解出来ずに呆けていた。つまりこのキラキラ男はお隣さんで、昨日はその挨拶に来たのか?考えても思考まとまらなかった。 「引っ越してきたってもしかしてリア婆さんの屋敷にか?」  リア婆さんはオニキスが数年前この土地に来たばかりでまだ不慣れだった頃よく世話を焼いてくれた婆さんだ。少し前に寿命でポックリ逝ってしまった。空き家だった彼女の家にこの男は引っ越してきたのだろうか。 「そうなんです。昨日物件を探していたらたまたま空き家があったので昨日のうちに契約して引っ越してきました」  「そうか。じゃあこれからはお隣さんだ。よろしく」  オニキスはずっと疑問に思っていた事をもう一度口にした。 「ところで昨日から思っていたんだが、俺たちはどこかで会ったことがあるだろうか?ずっと考えているがあんたに会った覚えがないんだ」 「俺たちはずっと昔、まだお互いが小さかった頃出会ったんだ」 「小さい頃?そうなのか。すまないが俺はあまり小さい頃の記憶がないんだ。だから会っていてもたぶん覚えてない。悪い」 「謝らないで。覚えてなくてもいいんだ。俺がちゃんと覚えているから。君に会えてとても嬉しいよ」  男のあまりにも屈託なく笑う姿は何故かオニキスをすごく懐かしい気持ちにさせた。やはりこの男の言う通り昔会ったことがあるのだろう。覚えてないのは残念だがいずれふとした時思い出すかもしれない。 「そういえば、名前を聞いてなかったな」 「そうだね。俺はルカ。改めてよろしくね」 「俺はオニキス・ノワールだ。オニキスでもなんでも好きに呼んでくれて構わない」 「じゃあ、オニキスって呼ぶね」 「ああ」 そうしてオニキスにはルカという新しいお隣さんができた ***  ルカが隣に引っ越してきて数ヶ月の月日が流れた。 「オニキス、今日の分ここに置いておくね」 「ああ。ありがとう」  ルカは慣れた手つきで薬草の仕分け作業を終えた。 「今日はいつもより沢山薬草が採れたんだ。この間まいた肥料が効いたのかな?」 「そうかもな。おまえ案外調合の才能がある」 「エヘヘ、そうかな。オニキスに褒められると嬉しいよ」  嬉しそうに笑うルカにオニキスも自然と微笑んだ。 「ルカ、帰ったのか?おお、今日は一段と多いの」  目をこすりながら眠たそうにジルベーヌが起きてきた。 「ジル、まだ寝ていたのか。もう昼過ぎだぞ」 「良いではないか、わしももう歳なんじゃ」 「歳なんじゃってじいさんみたいだぞ」 「実際じじぃじゃからな」 「その見た目でじじぃは無理があるだろう」  実際ジルベーヌは20代前半の様な若々しい見た目をしているから実年齢は不明だ。唯一その話し方だけが彼の生きてきた年数を彷彿とさせるのだが出会った時からこの話し方のせいでよく分からない。 「とにかく今はわしの代わりにルカが手伝ってくれているんじゃからじじぃはこの際ゆっくりさせてもらおう」  まるでイタズラが成功した時の子供の様に笑いながらジルベーヌは寝室に戻っていった。  「全く……」  はぁーとオニキスがため息をついた。 「俺、ジルベーヌさんの分まで頑張るから。ね」 「お前はもう十分なくらい手伝ってくれている。問題はジルがおまえを言い訳にサボっていると言うことだ」  ルカが引っ越してきて数ヶ月、彼は何故か毎日オニキスの家に訪ねてきた。友達になってくれだの仕事を手伝わせてくれだのオニキスが断ってもしつこく食い下がってくるものだからオニキスもついに根負けし週3回ほど店を手伝ってもらっている。オニキスからすればジルよりもよっぽどテキパキと働いてくれるルカに本当に助かっていた。 「まぁいいじゃない。今はほのぼのとした暖かさだから眠たくなっちゃうんだよ」 「お前は優しすぎだ。」 「そうかな?」  不思議そうに首を傾げるルカにオニキスはまた微笑んだ。ルカのこうゆう所をオニキスは気に入っていた。彼といるとくすぐったいような幸福を感じる。彼が来てからオニキスの生活は一変した。初めは人付き合いが苦手な自分がルカにどう接すべきか分からなかったけれどそんなオニキスの懐にルカはすぐに入ってきた。今までは1人、部屋に篭って調合ばかりしていたけれどルカが頻繁に連れ出してくれるおかげでこの辺の地理にとても詳しくなった。引っ越してからというもの家の周りで薬草を栽培したり週に一回街に買い出しに行くくらいだったのに。    前よりも少し賑やかなこの日々をオニキスは気に入っていた。 「もうこんな時間か…」  「今日はもう終わりにしてご飯にしようか」 手伝いの礼に給料を渡そうとしたオニキスにルカは金ではなく食事を共にすることを望んだ。そんなことで良いのかと思いつつも一人増えるぐらいなんてことはないのでオニキスは快諾した。今ではほとんどの毎日ルカと食事を共にしている。 「ああ、そうだな」 「何にする?」 「一ー昨日買っておいたとり肉があるからそれでスープでも作るか」 「やったー!俺オニキスの作るスープ大好きなんだ。本当に美味しいよね」 「そうか?」 「そうだよ。前から聞いてみたかったんだけどあのスープはオニキスのレシピなの?」 「いや、あれは昔世話になってた孤児院のシスターが教えてくれたレシピだ」 「そっか」  オニキスはルカの瞳が少し翳ったことに気づいた。ルカはオニキスが幼い頃の話をする時いつも少し悲しそうな顔をする。孤児院出身だという事を気にして遠慮しているのだろうか。 「小さい頃の事はあまり覚えていないがこのスープを作れば孤児院の兄弟たちやシスターたちのことを懐かしむ事ができる気がしてつい作ってしまうんだ」 「オニキスは孤児院出身だって行っていたよね」 「ああ、そうだ。さっきも言ったが孤児院での生活はあまり覚えてないことが多い。でもとても幸福だった事は分かるんだ。シスターや兄弟達のおかげだと思うが」 オニキスは懐かしむ様に目を閉じた。オニキスの人生の中でも孤児院で過ごした数年はとても幸福なものだった。でも何故こんなにも幸福だったのかはよく思い出せずその事実はオニキスを当惑させた。 「そっか…」  ルカの表情はどこか悲しげだった。オニキスを見つめながらまるで別の誰かを懐かしむ様な瞳に耐えられなくてオニキスは話題を変えた。  その日の夕食はとてつもなく気まずくてオニキスは戸惑うばかりだった。 「また明日ね」 「ああ、おやすみ」  玄関でルカを見送って自室に戻ると、また先ほどのことが思い起こされた。何故かルカのそばにいると昔のことをよく思い出した。孤児院での生活や孤児院を出て調合の店を始めた時。ルカはいなかったはずなのにまるで彼を昔から知っている様な感覚に陥る。この感覚はいったいなんなのか。  「オニキス。眠れぬのか?」  考え事をしたいたオニキスはジルベーヌが自室入ってきたことに気づかなかった。どうやら随分と長い間考えに耽っていたらしい。オニキスの部屋の明かりが消えていないから心配で様子を見に来たのだろう。 「ルカの事を考えていた」 「こんな夜更けまでか?」    ふふっと意味ありげにジルベーヌが笑った。 「ルカと一緒にいると昔のことをよく思い出すんだ。それにあいつといると孤児院にいた時の様な気持ちになるんだ」 「それはどんな気持ちじゃ?」 「懐かしくて、くすぐったいような気持ちだ」 「くすぐったいか」  ジルベーヌはオニキスの言葉を噛み締める様に聞いていた。やはりオニキスの元にルカが来て良かったと心から思う。 「お主はルカの事をどう思っておるのじゃ?」 「正直よく分からない。あんなやつ今まで俺のそばにいなかった。あいつといると楽しいし何故か安心するけどこの気持ちがなんなのかは…」 それきりオニキスはだまりこんだ。 「まぁ、ゆっくり考えればよい。いずれストンとわかる時が来るかもしれぬしな」 ジルベーヌはオニキスの頭を撫でながら言った。 「今日はもう遅い、休むのじゃ」 「ああ、おやすみ。ジル」 ***  ルカが来てから更に数ヶ月が経った頃ルカから大事な話があるとオニキスはルカの家に訪れていた。 「ーー俺、あと1ヶ月したら国に帰るんだ。」 「…………!」  ルカの言葉にオニキスはひどく狼狽えた。  動揺を顔に出さない様に努めて冷静に振る舞うつもりだったが何故が涙が出て止まらなくなった。何故こんなに悲しいのか自分でも分からなかったがルカと別れる事は半身を奪われる様に痛く感じた。ぼとぼとと音を立てて机に落ちるオニキスの涙に今度はルカが狼狽える番だった。  「ーーオニキス…!」  ルカは目を見開いて絶句していた。  「ちょっと待って…泣かないで、オニキス。オニキスが泣いたら俺も泣いて…うっ」  ルカは話している途中で堪えられずに泣いてしまった。もう2人ともグズグズだった。そう思ったら辛くて苦しいのに何故か笑いが込み上げてきた。 「はは、、、、ズビッ、、、」 「ふふっ、、、ズビッ、ズビッ、、、」  何故かルカも笑いはじめた。 「2人とも泣いちゃったね」 「そうだな」  「オニキス、チュ。」  ルカはオニキスの唇に啄むようにキスをした。 「…………⁉︎」  驚いたオニキスは何も言えなかった。 「ごめん、オニキスが可愛くて。つい」 「オニキス、俺オニキスの事好きなんだ。ううん、好きなんて言葉じゃ足りないくらい君のことを愛してる」 「…ルカ、、」  突然の告白にオニキスはどうすればいいのか分からかかったが、止まっていた涙がまた決壊した様にどばどばと溢れ出た。もうこらえることも出来ずにルカの目を見つめた。 「その涙は告白が嬉しいってとってもいい?」 「わ、、、から、、、な、、、」  しゃくりあげながら分からないと答えた。本当はもっと伝えたい言葉があるのに涙が止まらず嗚咽を抑えきれない自分の不甲斐なさが悔しくて余計涙が溢れた。 「オニキス、そんなに唇噛まないで。血が出ちゃうよ。オニキスが泣き止むまで俺ずっと待ってるから」  そういってルカはオニキスを抱きしめて落ち着くまで背中をさすり続けてくれた。 ***  暫くしてオニキスはルカのおかげでどうにか泣き止む事ができた。大の大人がこんなふうに泣いてしまった事が恥ずかしくて泣いて赤くなって顔が更に赤くなった。 「ルカ、もう落ち着いたから大丈夫だ。ありがとう」 「うん、良かった。ごめんね俺が突然言っちゃたから驚いたよね」 「違うんだ。さっきは分からないって言ったけど。俺お前がいなくなるって思ったら身を切られる様な思いがして悲しくて仕方がなかった」 「うん」 「だから気づいたら止まらなくなって。あんなに泣いたの初めてだ。正直お前の事お前と同じ意味で好きかどうかよく分からない。こんな気持ち抱いたのは始めてで、でもお前がいなくなるのはたまらなく嫌で。ごめん、うまく伝えられない」 「ううん。ちゃんと伝わったよ。オニキスが俺のこと大切に思ってくれていること。ありがとう。オニキスの気持ちをちゃんと教えてくれて」  ルカはいつもと同じ太陽の様な眩しくて優しい笑顔でオニキスを見つめた。 「オニキス、これは提案なんだけど俺が国に帰るまで1ヶ月ある。その間仮の恋人になってみない?」  ルカの提案にオニキスは戸惑った。 「この1ヶ月恋人になって過ごしてみればオニキスが俺と同じ気持ちで好きなのかそうじゃないのか分かるかも知れない。どうかな?」  暫く巡査した後オニキスは頷いた。 「分かった。よろしく頼む」 「うん。こちらこそ、よろしくね」  ルカは屈託のない笑顔でオニキスを見つめた。 ***  ルカと付き合う事になって数日、あの日からルカは毎日「好きだよ、オニキス」と言ってくる。オニキスはその度に顔を真っ赤にして拗ねた様に「そうか。」と返すのが精一杯だった。そして今日も。 「オニキス、おはよう」  「ああ、おはよう。ルカ」 「今日も素敵だね、オニキス」  この男はこういった恥ずかしい事をサラッといってしまうからオニキスは毎回翻弄されてしまう。 「お前の目はどうかしている」  オニキスはぶっきらぼうに言うとフイと顔を背けてしまった。 「かわいいなぁ」  オニキスには聞こえない声で噛み締める様にルカは言った。 「オニキス、あのね明日街に行かない?」  「構わないが何か欲しいものがあるのか?」 「違うよ、僕とデートしよう」 「デート?」  オニキスはデートと言われて一瞬それが何か分からなかった。暫く反芻してその意味を理解した途端また耳まで真っ赤にして狼狽えた。その様子がルカを心底喜ばせている事を気付かずに。 *** 「うわーすごい人だね」 「ああ、そうだな。さすが交易で盛んな土地なだけある」 「遠くまで来て正解だったね」  今日はいつも買い出しに行っている町ではなくデートだからと言う事で少し離れた交易で盛んな都市まで来た。見渡せば美しい海がキラキラと輝いている。 「帰りにジルベーヌにお土産買って行かないとな」 「そうだね。ジルベーヌさんは何が好きかな?」 「酒か甘いものだな。ここは世界各地の珍しいものが集まっていると聞く。いくつか買っていこう」 「うん。楽しみだね」  人が多い中はぐれてはいけないからとルカはオニキスの手を取った。この国は同性同士の結婚が認められているからこんな光景は珍しくないがそういう問題ではない。オニキスは繋いだ手から自分の心拍がバクバク音を立てているのに気づかれないよう必死だった。 「すごい。心臓がバクバクしてる」 バレたかと恥ずかしさで茹蛸のようになりそうなオニキスにルカは続けた。 「俺の心臓の音オニキスにバレちゃうな」 ふふっと心底幸せそうにルカが言うからオニキスもつられて笑った。  暫く見て回っていると酒を売る店を見つけので2人は中に入ってジルベーヌへのお土産を見て回ることにした。 「このお酒なんてどうかな?西の大陸のお酒で結構珍しいんだって」 「いいな、ジルが好きそうだ。うん、これに決めた。買ってくるから少し待っててくれ」 「うん。あそこの屋台の前で待ってるね」 「分かった」  オニキスが会計を終えて店を出るとちょうど目の前に行商人が屋台を開店させたところだった。その屋台はどうやら宝飾品などを扱う様でその宝石たちがあまりに美しくてオニキスは吸い寄せられる様に屋台の方に足を進めた。 「お兄さん、どうかね。何か気に入ったものがあるかい?」  行商人は6〜70代の爺さんで柔和で落ち着いた声でオニキスに話しかけてきた。 「このネックレスの石が知り合いの瞳の色に似ていたからつい気になってしまったんだ」  太陽の様に輝く石はルカの瞳を彷彿とさせオニキスの目を釘付けにした。 「ああ、この石か。これはね南の大陸のとても限られた場所でしか採掘されない珍しい石でね「リュミエール」というんだ。確かあちらの言葉で光をもたらす者だったかな。こっちの地方では同じ意味で「ルカ」と呼ばれているんだよ」 「ーー『ルカ』、このネックレスーー」 「このネックレスください」  オニキスが買おうと声を出すより先にルカが言った。 「それからその綺麗な黒い石のついたネックレスもお願いします」 「ルカ。この黒い石は俺に買わせてくれ」  オニキスはルカの意図を読み取って黒い石は自分で買う事にした。 「お2人さんにとてもお似合いだ。」  オニキスは店主の言葉にドキッとしつつも嬉しくなってありがとうと礼を言った。 「ごめんね。勝手に買っちゃって。オニキスがあんまりに真剣にこの石を見てたからつい嬉しくなっちゃって」  エヘヘと照れた様に笑うルカにオニキスの胸は高鳴った。 「あの石、『光をもたらす者』って意味があるらしい。それでお前の名前と同じ意味だなと思ったんだ…」    オニキスの声はだんだんか細くなって最後にほとんど聞こえ無くなってしまったがそんなオニキスを見てルカはまた「嬉しい。オニキスは本当にかわいいなぁ」と満面の笑みでいうからオニキスはなんだかいたたまれなくなって自分が買った黒い宝石をルカに差し出していた。  「ありがとう。この石オニキスの瞳と同じ色だったからすぐに目に留まったんだ。これでいつもオニキスと一緒にいる様な気分だよ。はい。こっちのネックレスはオニキスに。良かったらいつも付けてくれたら嬉しいな」 「ああ、ネックレスなら毎日付けていても問題ない」 「えっ、オニキス毎日つけてくれるの⁉︎」 「せっかく…お前から…貰ったんだ。着ける…」  途中からオニキスの顔は発火しそうなほど真っ赤になっていた。だけど嫌じゃなくてむしろ多幸感に包まれていた。ジルベーヌ以外で誰かと一緒にいる事がこんなにも幸せだと感じたのはいったいいつぶりだろうか。 「今日は楽しかったね。また行こうね」 「ああ。また行こう」 「オニキス、お休み」 チュッとルカはオニキスのおでこにキスをした。 *** オニキスがふわふわした気持ちで家に入るとジルベーヌが自室から出てきた。 「帰ったんじゃな。楽しめたか?」 「ああ、珍しい物が沢山見れた。これお土産だ」 「これは、西の大陸の酒ではないか⁉︎中々手に入らぬ酒だと聞いた事がある。オニキスよ、今から酒盛りじゃー!」 「飲むのはいいがあまり飲みすぎるなよ。お前は酔うと面倒だからな」 「なんじゃと、面倒とは失礼な。ところでオニキス今日は随分楽しんだ様じゃな」  ジルベーヌは先程とは違い少し意地悪そうな顔でニヤニヤしながら言った。 「なんだその顔は……、不気味だ」 「その石ルカからもらったんじゃろ。お主先程からずっと握ったり見つめたりしておるぞ」  オニキスは全くの無意識だったからジルベーヌの言葉に驚いた。 「アツアツじゃの?」 「うるさい。そんな風に揶揄うならその酒は没収だ」 「わしが悪かったからそれだけは勘弁してくれ」  ジルベーヌはオニキスの様子を見て安心した。それは記憶を失う前オニキスがルカと会うたびに見せていた幸せそうな様子と同じだったからだ。やはり愛してしまう運命なのかとしみじみと感じながらジルベーヌ自身もその幸せに浸った。 ***  約束の1ヶ月まであと数日。ルカが毎日の様に囁いてくる好き、愛してるなどの言葉の攻撃は止むことなく相変わらずオニキスを赤面させていた。  そんなある日大切な話があるからとひどく思い詰めた様子でルカに声をかけらた。オニキスは一体何事かと慌てて出かけた。  約束した場所は高台になっていて辺りを美しい花たちが埋め尽くすとても綺麗な場所だった。その高台にはちょうど3人の大人が座れるくらいのベンチが置いてあってオニキスが到着した時にはすでにルカがベンチに腰掛け遠くの方を眺めていた。その瞳がどこか寂しそうに感じてオニキスは思わずベンチに向かう足を止めてしまった。ルカのこのような表情を見るのはこれが初めてではないオニキスが2人の距離が縮まったと思うほど回数は増えていった。そしてその表情を見る度にオニキスはひどく狼狽え同時にとてつもない焦燥感に襲われるのである。どうしてこんな風に思うのか不思議で仕方がないが、いくら考えても答えは出ない。ただ魂に命令される様にルカという存在を求め続けている。言葉では決して説明できず、感情さえも置いていってしまうような魂の叫びが確かにオニキスの中に存在していた。だからこそこの焦燥の先に何があるのかを知りたかった。その答えはきっと今の自分では分からず、ルカが知っているだろうと直感でかんじていた。 「ルカ、来たぞ」 「うん。ここ綺麗だね」 「そうだな。この時期は花たちが咲き乱れているからな。こういうのを絶景って言うんだろうな」 「そう…、だね」 「オニキス、あのね」 「ああ」 「まだ俺についてあんまり話せてなかったよね。ずっと話さなきゃって思っていたけどこれが障害になりそうで言えなかった」 「ああ」 「オニキス。俺の本当の名前はルカ・プレナイトっていうんだ。」 「ーープレ、ナイ、ト!ちょっと待ってくれ。そこは以前俺が住んでいた土地だ」 オニキスは心臓が激しく鼓動を打っているのを感じた。プレナイト伯爵領は俺の生まれ故郷だ。すぐそばに確信が迫っている気がした。オニキスは声が裏返りそうな程緊張してルカに言った。 「ルカ、本当はあの日俺に会いに来たんだよな?初めはジルの知り合いだって思うことにした。お前を俺の意識から離さなければと無意識に思ったからだ。だがお前と俺のキョリが近づく度に俺の魂がお前を知っていると言うんだ。理性も感情も置き去りにして何故かお前を求めてる。何も分からないのは苦しい、、苦しいんだルカ。教えてくれ。お前はその答えを知っているんだろ?」   全て言い終わるのに少し時間がかかった。知らぬ間に俺の頬には熱い何かが流れていた。視界がぼやけそうになってもルカを見つめ続けた。ルカは暫くのあいだ苦悶の表情をしながらやがて語り始めた。俺たちの事を。 ***  ルカの話には驚くべき事がいくつもあった。ルカとの出会いは孤児院だったらしい。小さい頃中々孤児院に溶け込めずいつも端の方で本を読んでいたオニキスに当時伯爵の付き添いで孤児院に来ていたルカが話しかけた事が出会いのきっかけだった様だ。初めは誰も寄せ付けなかったオニキスにルカは何度も会いに来てようやく打ち解けたらしい。ルカと仲良くなって漸く孤児院にも打ち解け、俺は笑う事が増えていったらしい。その頃からルカはオニキスに会うため頻繁に家を抜け出しては大目玉をくらっていたと楽しそうに教えてくれた。オニキスがある程度大きくなって孤児院を出なければならなくなった時も魔法の調合で生きていくと決めた時もルカとの友情は続いていていたがルカが結婚式を挙げた日を境にオニキスは引っ越してしまいそれから随分と探したとルカは困った様に笑った。結婚式で何が起こったか聞いた時、自分が闇魔法を使った事も闇魔法だけではどうすることもできずに精霊契約を使った事も理解するのは難しくなかった。オニキスの魂がルカを求めている事も少し考えれば全く難しく無い。精霊契約は本来魂を代償とする危険な物だがオニキスはまだ生きている。これは魂よりも大切なものがあったという事だ。そして恐らくそれがルカとの思い出、記憶だったのだろう。魂よりも大切なルカとの記憶はいつしかオニキスの魂を構成する一部となっていて、代償によって欠けた魂はその欠けた部分を埋めるためにルカという存在を本能的に求めさせた。やっと分かった、何故ここまでルカを求めるのか。俺にとってルカという存在がどれだけ大きかったか。 「ルカ、俺お前を愛してる」 「…………エッ……」  ルカは驚きのあまり目を見開いて固まってしまった。 「お前との距離が近づいて行く度に俺の魂がお前を求めた。頭で考えても感情に訴えかけても到底理解不明の謎の力。それがなんなのか今やっと理解した」  オニキスの言葉にルカはまだ驚きから冷めずに固まっている。 「精霊契約はお前にまつわる記憶だけではなく俺の魂の一部をも代償としたんだ。」 「ど…いう…、こと…?」  やっと回り出した頭でルカは聞いた。 「つまり俺にとってお前という存在は俺の魂の一部を構成してしまうくらい大きいって事だ」 「!?」 「俺の魂がお前を求めてたのは欠けた部分を埋めたかったからなんだよ」 「っ……、うぅ……」 「泣くなよ、ばか」  スッキリした様に笑うオニキスとは対照的にルカは滝の様に涙を流していた。  「それだけお前が大切って事だ。ちゃんと俺の気持ち伝わったか?」 「…うん、うん、うん」  ルカはコクコクと激しく上下に頭を振る。オニキスはルカが泣き止む数十分の間ずっと背を抱きしめ離さなかった。  *** 「よし、泣き止んだな」 「そういえば、お前さっきラストネームはプレナイトと言ったよな?」 「あー。うん。そうなんだ。俺はプレナイト伯爵家の嫡男なんだ」 「なるほどな。どおりで想いを伝えられないわけだ」  いち平民と時期伯爵では全く釣り合いが取れていない。これも想いを伝えられなかった原因のひとつだろうとオニキスは冷静に考えていた。ずっと不思議だった事が解決してオニキスの頭はくっきりとしていた。 「それで、お前が伯爵家の嫡男という事は分かったが話はそれだけか?」 「それだけって、気にしないの?」 「開き直ることにしたからな」 「……?」 「俺は文字通り自分の魂をかけてお前の行く末を守ったんだ。俺と一緒になる気があるならお前にもそれぐらいしてもらわないとな」  クックっとオニキスは意地が悪そうに笑った。 「もちろんだよ。例え何が障壁になっても俺が全て壊して道を作るから」 「ばか、そこは”一緒に”だろ」 「うん! オニキス大好きだよ」 「俺もだ。ルカ」 「あっ、そうだ。これ」  ルカは何か思い出した様に小さな箱をポケットから取り出した。やたらと美しく装飾された箱だった。 「それどうしたんだ?」 オニキスが聞くとルカは少しに緊張した様にその場に跪いた。 「オニキス・ノワール殿。 俺と結婚してください。俺が必ず幸せにします」  ルカらしいまっすぐな言葉だった。 「いいよ。結婚しよう、ルカ。でもさっきも言ったろ、一緒だって。2人で一緒に幸せになろうな」 「うん!」  ルカがとろける様な笑顔を浮かべて本当に幸せそうに笑うからつられてオニキスも笑った。 *** 「なにやら深刻そうに出ていくからついて来たみたが、無事に収まったようじゃな」 良かったのう、オニキス。ジルベーヌはしみじみと感じていた。 「邪魔になるのも癪じゃから、わしは数日出かけてこようかのう」 *** 「ルカ、近い」  ルカとオニキスがオニキスの家に戻ってきたらジルベーヌの数日出かけるという置き手紙があった。ジルベーヌが気を利かせたのだろうとオニキスはふっと笑った。その後は2人でリビングのソファーに座って紅茶を飲んでいたはずが先程からルカはオニキスの右手につけられた指輪を嬉しそうに凝視していた。あまりに長い時間熱心に見つめるものだからついに我慢できなくなった。 「ごめん、つい嬉しくって。」  ニコニコしながらそう言うルカにオニキスはそれ以上制止することはできなかった。それから暫くしてルカから解放されれば夕食の準備に取り掛かった。今日はジルベーヌがいないから2人分だと勘定をして何が食べたいかルカに聞いてみることにした。 「スープ。 オニキスが作るスープが食べたい。」 「分かった。少し待っていろ。すぐにできる。」 「俺も一緒に作るよ。」 「本当にすぐに出来るから大丈夫だ。」  あっという間にオニキスはスープを仕上げて食卓へと運んだ。カトラリーの準備はルカがいつの間にかしていてくれたようで席につき2人して向かい合って夕食を食べだ。食後にはルカが以前持ってきた菓子の箱を開けた。とても懐かしい味がしたからこれも思い出の菓子なのだろうとオニキスは嬉しくなった。たとえ記憶がなくてもこういったことは忘れないのだと改めて実感した。菓子を食べ終えた頃からルカがソワソワしだしたものだからオニキスにも緊張が移って少し鼓動が早くなった。 「オニキス、あのね……、してもいい?」 緊張しているからかルカの声は少し上擦っていた。 「……ああ」 オニキスはそっけない返事しかできず赤くなった顔を隠すためそっぽを向いた。 ***  風呂に入ってベットに向かう間もオニキスは緊張しっぱなしだった。なにしろこういった行為を人とした事がない上に手を繋いだりキスをしたりそれだけで心臓が高鳴って仕方ないというのにもし抱き合ったりしたら自分はどうなってしまうのだろうかと考えれば考える程緊張してしまった。なんとか部屋に入るとこちらも緊張した面持ちのルカがベットに腰掛けていた。 「…………」 「…………」 「……フッ、アハハ」  お互いあまりにも黙りこくってしまったからオニキスはたまらず吹いてしまった。 「笑わないでよー。緊張してるんだから」  目尻を下げて少し怒ったようにルカが言った。 「悪い。でも俺も緊張しているから、お互い様だ」  オニキスはルカの隣に腰を下ろし、視線を上げた。するとルカと目が合いそれが合図となった。 「ーーんっっ…んっ、…んっ……んっ…」  いつもの啄む様な可愛いキスではなく貪る様な獰猛な口付けがオニキスを襲った。ルカに負けじと必死に喰らいつくが何しろ経験がないオニキスは途中からルカにされるがままになっていた。思わず先ほどの緊張感はどうしたとルカに叫びたくなったがキスの気持ちよさに次第に思考が溶けていった。 「オニキス、ここ触ってもいい?」  ルカはオニキスの服をゆっくり脱がせながら乳首を指差した。 「ああ」  キスの余韻で何を言われているのか理解できずオニキスは適当に返事をした。 「ーーあっ…んっ、そこ…やめ、、、ろ、」  ルカの執拗な乳首責めにオニキスは声を堪えるので精一杯だった。 「オニキス、声我慢しないで。可愛い声聞かせて?」  こちらが食われているのにルカはまるで小動物の様な瞳で懇願してくる。俺はその顔に弱いのだとルカに言ってやりたかったがオニキスは完全にキャパオーバーだった。 「んあっ!そこ、きも、ちい、、い、うっ、、んあ、、んんああんっ、んっ、、、」  声を抑える余力もなくなりオニキスの中から勝手に卑猥な声が出た。 「オニキス、可愛い。こっちも触るね」  そう言ってルカはオニキスの敏感な部分に手を触れた。オニキスのそこはすでに半分ほど立ち上がっており先走りが出ていた。 「感じてくれてるの嬉しい」  グチュグチュと音を立ててルカが扱くとだんだんと芯を持ち始めあっという間に赤く屹立してしまった。 「ここも可愛い。チュ」 「ーーオマエっ何、、してる、そんな、んっ、とこ、、あっ、キタ、、ナイ、」 「オニキスに汚い所なんてないよ。たっぷり奉仕するね」  ルカはオニキスの秘部を口に含んでは出してを繰り返した。するとすぐにオニキスは絶頂に達してしまってルカの口の中に吐き出した。 「ゴクッ」 「お前まさか飲んだのか?」 「うん。オニキスの飲んじゃった」 「ーーバカっ…」  朦朧として涙目でルカを睨んでみるが凄みなど微塵もなくただルカを喜ばせただけだった。 「ここ、触るね」 「あっ、、んっ、そこ、は、、、ダメだっ、、」  そう言ってルカはオニキスの双丘の間の窄まりを指で撫でた。ただ撫でられただけなのにルカに触れられる場所はたまらなく気持ちが良かった。 「もう指が2本も入ったよ。あともう少しだね」 「あっ、、、ああ、んっ、、、ま、、て、、」  クチュクチュと自分から出たとは思えない艶めいた音がしてオニキスは気持ちよさと羞恥心でよけいによがりくるった。 「そろそろ、入れるね」 「……な、に…?」  オニキスが何かと確認する前にルカの怒張はオニキスの赤く潤んだ窄まりに一気に推し入った。 「ーーんんっ、あっあっ、きつ、い。んんっ。」  あまりの大きさと気持ちよさににオニキスの目はチカチカと明滅した。 「動くね」  優しく確認してくるが全く容赦のない責めにオニキスは後で覚えておけと内心ルカを罵った。それでもルカが動くたびにオニキスには激しい快楽が襲い、突かれるたびに生理的な涙が瞳から溢れた。 「もう、イクっ!オニキス受け止めて」 「ーーん”っん”っ」  ルカが中で吐精した時一際強い快楽がオニキスを襲いオニキスは大きく腰を仰け反らした後意識を手放した。 *** 「や”り”す”ぎ”だ”」  全く声が出ない。初心者によくもここまでやってくれる。オニキスは隣で気持ちよさそうに眠るルカの鼻を摘んだ。 「ーーフガっ」  息ができないといった様子でルカが目を覚ました。 「おはよう。オニキス」 「お前のせいで声が出ない」 「ごめんね。ついオニキスが可愛くて、暴走しちゃった」 「暴走しちゃった、じゃない。暫くセックスは禁止だ」 「そんなー。後生だから許して」 「いいだろ。少しの間くらいこれからはずっと一緒にいるんだから」  ルカの表情が途端にパァーーと明るくなった。 「あーもう。オニキス大好き。愛してる」 「はいはい。俺も好きだぞ」 ***  数ヶ月後オニキス達は数年ぶりにプレナイト伯爵領に戻っていた。 「ジルベーヌ、行ってくる」 「気をつけるのじゃぞ」  オニキスは今プレナイト領の伯爵邸に住んでいる。もちろんジルベーヌも一緒だ。そして伯爵の地位に戻ったルカの仕事を手伝う一方で調合の仕事も続けていて、店は以前使っていた場所を修繕して今も利用している。相変わらず評判が良く繁盛している。ここに戻ってきた時はルカのご両親にどう挨拶するべきかなど考えていたが、ルカのご両親が恋愛結婚だった事やルカが今まで家のために頑張り過ぎて心配だったことなどから思っていたよりも早く認められた。  プレナイト領に帰って来てからというもの折に触れて昔の記憶がフラッシュバックする様になった。もちろんルカの事は思い出す事はできないけれど、記憶の中には必ずルカを連想させる様な何かが合って記憶に触れるたびにオニキスは幸せな気持ちに包まれた。  今日の依頼を全てこなして家に帰るとルカはまだ帰っていなかった。気づけば時計は日を跨いでいてオニキスはルカの事が少し心配になった。自室で窓を眺めていると2頭の馬が走る音がした。ルカが帰って来たのだろうと思い玄関に向かった。 「ルカ、おかっ……?」  おかえりと言おうとしたオニキスの前にそれはそれは美しい魔法で作られたガラスの様な花が恐らく100本ほど束ねられていてそこにはリボンが付けられていた。 「ただいま、オニキス。それから誕生日おめでとう」 「この花、懐かしい香りだ」 「そうだね。この花は俺たちが出会ったきっかけの花だ。一輪ずつ魔法で作っていたらすごく時間がかかっちゃって。心配させてごめんね。でも君の誕生日にどうしてもこの花送りたかったんだ」  小さい頃孤児院で馴染めなかったオニキスはいつも端の方で本を読みながら魔法の練習をしていた。その時初めてシスターに教えてもらったのが水晶花の魔法だった。水晶を作り出しその中に花を閉じ込める事で花は永遠に枯れないという子供には少し難易度の高い魔法だった。オニキスは初めなかなか上手くできない事が悔しくて連日挑戦し続けやっと完成させたのだ。その花は誰かにあげてしまったけど、その誰かはきっとルカだったのだろう。 「初めて話した時、君はこの花をくれた。毎日一生懸命作っていたのを俺はこっそり見ていたから初めて成功した時の君の笑顔が今でも忘れられない。この花は僕の宝物なんだ」  そういうとルカは幼い俺が作ったであろう水晶花がはめられている懐中時計を見せてくれた。 「まだ持っていてくれたのか」 「当たり前だよ。宝物って言ったでしょう」  ルカは鼻を高くして得意げに笑ってみせて。 「でも2輪あるな。しかもこっちは黒水晶の中に花がある」 「これはね結婚式の日にオニキスが送ってくれたんだ」 「俺が?」 「うん。結婚祝いだって言って」 「なるほどな。」  あまり知られていないが黒水晶は持ち主の厄災を祓う強力な守護の力がある。作る事があまりに難しくいつしかその存在を忘れられた石だ。加えて中の花は魔除けの効果があると言われているもの。どちらも俺がルカを守りたいがために作り出し贈ったというわけか。 「つまり、俺はお前の事が相当好きだと言うことだな」 「えっ、突然どうしたの」 「なんでもない、こっちの話だ。それよりこの花束大切にする。ありがとう」 「喜んでくれてよかった」 「お前からの贈り物だ。喜ばないわけがないだろ」 「んっー。オニキス大好き。愛してるよ。これからもずっと一緒にいようね」 「ああ。俺も、お前のことを愛している」 「アツアツじゃな」  様子をこっそり見ていたジルベーヌはニヤニヤとした笑いを堪えながら幸せじゃなーと独りごちた。  完 あとがき 最後までお読み下さりありがとうございます! 今回、初めての投稿という事で少し緊張しております…。 作品について。 作中にはかけませんでしたが、アデレードはガイルの形見をルカから受け取り少しずつではありますが回復の兆しを見せています。アデレードとガイルがこの先またどこかで出会えるといいなーと妄想を膨らませております。 もうひとつ作中では目の色しか分からなかったオニキスの見た目なのですが、私の中では黒髪長髪にわりとキリッとした黒い瞳で身長も高くルカとはまた違ったイケメンさんです。みなさんはどんな風に想像してくださったでしょうか!
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