1. 君を見つけた

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 彼は、右腕を咲衣の頭のうしろへ伸ばした。 「あんた、邪魔」  低い声を落とすと、すっと取り上げるように紺色のシャツを握った。さっさと身を引くと、シャツを頭からかぶった。  あやうく心の臓がとまりかけた。咲衣は胸に手を当てて息を乱し、彼を凝視した。  サイズの大きいシャツの丈は高身長にピッタリ合っているが、ウエストは生地があまっていた。 「じろじろ見てんなよ」 「ごめんなさい。だってびっくりして」  彼はカーキ色のズボンの裾をぎゅっと絞っている。 「川に入ってたの?」  質問すると、じろりと見返してきた。あからさまに不機嫌なのでうろたえてしまう。 「えっと……私なんて泳げないからすごいなあって思って」 「泳げない?」 「う、うん」 「泳げないやつはこいつに近づくな。こいつは底が深い。静かなのは深い証拠だ」  こいつ、というのは川のことだ。彼はアゴで水面を示した。  かくん、と咲衣は頭を動かした。それから「ねえ、いくつ?」とたずねた。けれど、彼は答えないので「もしかして高校生?」と質問を重ねた。  咲衣は、この少年が同世代ではないかと思った。この町に公立高校はひとつしかない。  ビーチサンダルを取りに行く彼を追いかける。 「私、芦河(あしかわ)高校の転校生なの。来週から通うんだけど、もしかして同級生かもって……」 「よくしゃべるやつだな」  冷静な口調で返されて、咲衣はおとなしくなった。 「あんた病気なの?」と彼はつぶやいた。 「え、病気って?」 「顔白いし、目の下腫れてるけど。このクソ暑いのに長袖着てるし、なんも食ってないみたいに細いから」 (涙袋メイクなんですけど、長袖は日焼け防止なんですけど。君だってじゅうぶん細いし、東京じゃこんなの細いうちに入らないんですけど)  苦しまぎれの笑みで本音を隠す。 「ねえ、あんたさ。俺がここにいたこと誰にも言うなよ」 「えっなんで?」  騒がしいやつだ……と、かすかに唇を動かした直後だった。「うせろ。二度と来るな」と聞こえた。空耳かと思うほどの声量だったが、よほど機嫌が悪いらしい。  短パンのポケットに手を突っ込んで、彼はいなくなった。
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