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1. 君を見つけた
「こんなド田舎なんてきいてない」
新しい家にやってきてまだ二日目だった。
「ちょっと、そんなこと人前で絶対言うんじゃないわよ」
リビングで荷物整理にあくせくしていた母は、手を止めてふりむいた。
「だって田舎じゃん。山と畑ばっかりで。近所にコンビニすらないんだよ」
「車でショッピングモールに行けるじゃない。特急電車に乗ればすぐ東京なんだし。あなた、ちょっとおおげさよ」
母はわざとらしい深いため息をついた。
高校一年生の夏、天宮咲衣は東京から離れたとある町へ越してきた。
父は都内の大学病院の医者だったが、この町の提携病院に転勤となった。東京で暮らしたいという娘のために単身赴任で多忙な生活を送っていた。
ところが、今年の春に過労で倒れてしまい、ついに母は一家で移住を決意したのだった。
ピンポーン、とインターホンが鳴ったのはちょうどそのときだ。腰をあげて母は向かう。ほどなくして玄関のほうから挨拶を交わし会う声が聞こえてきた。なにやら「こちらこそよろしくお願いします」などと談笑する声色は、普段よりワントーン明るかった。
「咲衣、咲衣きて!」
リビングまでよく通る声で母が呼んだ。
なあーにい、とけだるそうな顔をする。玄関先におもむくと四十歳くらいの女性が立っており、となりには娘とおぼしき女の子がいた。
「こちら飯田さん。お父さんのいる病院で看護師していらっしゃるのよ。わざわざご挨拶にきてくださって。長女の詩乃ちゃんは同じ高校なのよ」
肩につくくらいの二つ結びで日に焼けたその子は、木綿の黄色いシャツにひざ丈のデニムスカートを履いている。花柄でCUTEの文字が胸元に刺繍されていた。
(そんなダサいシャツどこに売ってるんだろう。すぐにでも部屋に連れ込んでコーデしなおしてあげたい)
むずむずする咲衣は素足のかかとがちょっと浮いた。
「あらまあ、美人さんねえ。あなたが咲衣ちゃん。お父さまからお噂はかねがね」
お噂はかねがね? いったい父は何を話したのだろうか。
「はじめまして。わたし、詩乃といいます。よ、よろしくね」
緊張したおももちで詩乃はひょこっと横から口を出した。
「詩乃ちゃん。よろしく」
名前を言うと詩乃は肩を持ち上げて耳が赤くなった。咲衣の着ているシフォンのブルーのワンピース、つま先のペディキュアをまじまじと見る。黒目を持ち上げ、胸元の小ぶりのネックレスとつやのあるポニーテールも興味ありげで気になっているようだった。
「よかったわね早速お友達ができて」
母は勝手に友達認定してしまった。咲衣は眉を下げて弱々しく笑う。
話を聞くと、ふたりは同じクラスということも判明した。あと一週間で新しい高校生活が始まる。
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