お互いにあってない物

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 三枝辰美は強い男、逞しい男、筋肉質な男、肉体美を持つ男が好きになった。小6の時、テレビでヘビー級タイトルマッチのボクシングを見たのがきっかけだった。力瘤の盛り上がった太い腕、分厚い胸板、そのパンパンに張った胸筋やらシックスパックに割れた腹筋など自分にはない物、つまり外観の性的な魅力に殊に惹かれて行き、K1やプロレスなども見るにつけ何で女の裸はエッチなものでしか見れないのに男の裸は何の柵も規制も制限もなくバンバン見れるんだろうと疑問に思いながらも男社会に於ける盲点と言うか女の利点を感じたものだった。確かにジェンダーレスが叫ばれるようになってからも例えば水泳や海水浴をする場合、女と違って男はパンツ一丁であるようにボクサーもパンツ一丁のようなものだから辰美はイケメンのボクサーをおかずに自慰することもあった。が、男も女もエッチなんだものみたいなことは女の嗜みとして、また女の秘め事として噯にも出さなかった。況んやスケベと思われると懸念するにおいてをや。  その一方で自分の美に磨きをかけて行き、二十歳になった時には美貌と肉体美を兼ね備えた麗人に成長していた。彼女は早くも小3の頃から胸が膨らみ始めたから豊満で端正なバストが男に対して殊に武器となるのである。  成長過程にあった中学高校時代も男にもてた辰美であったが、冒頭で述べた通り理想が高いだけに虫は付きにくく付き合った男子とも物足りなさを感じて別れるのが常で二十歳現在彼氏はいないのである。  森嶋武雄は小学低学年の頃からボクシングが好きな不良少年だった。で、自分の強さを誇示するべく喧嘩ばかりして生傷が絶えず中学の時に相手に大怪我を負わせたり窃盗や喫煙や飲酒がばれたりして中退し、少年院に送られた。  その或る日のこと、「あしたのジョー」の物語みたいにボクシング大会が行われ、圧倒的な強さで優勝を遂げた武雄は、ボクシングジム会長に目を付けられ、少年院退院後、そのボクシングジムに入って本格的にボクシングを始め、18歳でヘビー級のボクサーとしてデビューした。  彼は和製マイクタイソンの如くヘビー級とは思えない軽やかでスピーディーなフットワーク且つ並外れたパンチ力を武器に連戦連勝し、そのほとんどがノックアウト勝ちだった。しかし、23歳で臨んだ試合で遂に途切れる時がやって来た。原因は相手との力量関係でも技量関係でも体調関係でもなかった。端的に言うと、精神的なものだった。あろうことかラウンドガールに心を奪われてしまい集中力を欠いた結果、心に隙が生まれたのだ。   判定負けを食らった翌日、武雄の下に激励のファンレターが多数届いた。彼は徒でさえ文字の羅列を見るだけで虫唾が走る程、読書が嫌いなので面倒くさくて目を通す気にもなれなかったが、一つの封筒に目が留まった。差し出し人の名が三枝辰美とあったのだ。同姓同名ではなくレースクイーンやコンパニオンをやる傍らラウンドガールもやるという二十歳現在の三枝辰美に違いなかった。  三枝辰美と言えば、あのラウンドガールではないか!武雄は彼女がラウンドガールになることで初めて彼女の存在を知り、一目惚れして彼女の名を調べ上げていたのだ。だから彼は件の封筒を手に取るや手紙を取り出し無我夢中で読んだ。その内容はと言うと、これまで何度もファンレターを送ったが、一度も返事が来ないので今度も来ないものと思いながらも書かずにはいられず書いたとのことで奇しくも私がラウンドガールを務めた試合で武雄さんが初黒星を喫してチャンピオンベルトを剥奪されるなんて私が悪いような気がして悲しくて涙が枯れるまで泣いても申し訳ない気持ちと残念な気持ちで一杯になりましたとあり、武雄は試合での自分の心中を見透かされているような気がした。それから、これにめげずチャンピオンに返り咲くようこれからも頑張ってください、私、これからも武雄さんの大ファンとして陰ながら応援していますので、もし、これを読まれたのであれば、これから私をお忘れにならないようよろしくお願い致しますとあった。  誰が忘れるもんか、こちらこそよろしくお願い致しますだよ、と読み終えて武雄は率直に思った。嗚呼、あの子が俺の大ファンだとはこんな嬉しいことがあるだろうか!そんな気持ちで一杯になり、是非とも返事を書かなければならないが、徒でさえ作文が大の苦手なのにどう書けば良いのか分からなくなった。  何せ、格闘一筋でやって来て初恋のことでもあったので恋文なぞ書けたとしても照れ臭くて書きようがなく中々ペンが進まない。  兎に角、武雄は辰美のことで頭が一杯になり、チャンピオンの座から陥落したショックさえも頭になくなった。勿論、こんな心境は初めてだった。  嗚呼、あの乳の太い細い体を思い切り抱きしめてみたい。辰美もそうされることを切に望んでいるに違いないが、いきなりそんな願望を書く訳にもいかず、もうこうなったら直接会うしかないと思って手紙の形式も何も分からないまま書き出した。 「僕はあなたにむっちゃ会いたくなりました。ラウンドガールしてるあなたを見てむっちゃ好きになったのです。あなたも僕に会いたいなら僕のスマホに電話してください。番号は✖✖です。よろしくお願いします。」  まるっきり小学生レベルだが、これだけ書くのが精一杯だった。が、敷居の低さを感じたものか、将又、自分の姿に蠱惑された所為で試合に負けたと確信したものか、返事を送った二日後、早速、辰美から電話が来た。 「はい、もしもし」 「あの、三枝辰美です。お返事を貰えてすごく嬉しくてお電話しました」 「ああ、そうですか、じゃあ、つまり、その~、あなたも…」 「そうです。ふふ…」 「はは、そうですか、じゃあ」と至極簡単敏速に話は進み、電話で話してもしょうがないというので予め考えておいた或る待ち合わせスポットを武雄が伝え、お互い万障を繰り合わせ、そこで落ち合うことになった。  彼らが主に何に惹かれ合ったのか、それはズバリ肉体美である。お互いにあってない物と言っても良いだろう。その物欲しさに一途に求めた結果、性欲を離れた恋愛は有り得ないと言わんばかりに彼らは合体し、結合することだろう。    
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