紫陽花と君と(5分で読める短編)

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紫陽花と君と(5分で読める短編)

僕は消極的で世間で言うところの、陰キャ。 前髪は長くいつもどこを見ているか分からない、気持ち悪いと同級生から言われていた。 晴れた日も雨の日も、周りの景色なんて気にせず下を向いて歩く毎日。 そんなある日、君が現れた。近所に引っ越してきた同い年の転校生。 小さい頃、保育園で数年一緒だったらしいがどこかに転園して、再婚してまた戻ってきたらしい。まぁ、言わゆる幼なじみだ。 そこから新学期は学校までの道案内を…と一緒に登校するようになった。 そんなある6月の話だった。 今日も湿った空気が流れている。 「おはよう!今日もいい天気だね!」そう言って笑う君はとても眩しい。 『いい天気?雨降ってるじゃん…。』と僕は気だるそうに言い放つ。 君はお構い無しに僕の手を引っ張り「ほら!遅刻しちゃうよ!!」とニコニコと走り出す。 僕はそんな朝は嫌いじゃない。 「ねぇ、みて!こっちは紫!あっちはピンク。不思議だねぇ紫陽花って色んな色があってだーい好き!私はこの青と紫が混じった色が好きだな…。」 『ふぅん…。』 正直紫陽花なんて見飽きた。毎日通る道に咲く、ここ最近毎日見かける花。 でも、君が来てからはなんだろう。道が少し明るく見える。 しかしながら雨の日は憂鬱だ。 僕は気圧で頭が痛くなるし、生まれつきの焦げ茶色の髪の毛は最大級にうねって鳥の巣ってバカにされるし、 通学バスに乗るとみんなの濡れた傘やカバンで服も余計に濡れるし、じめっとした空気も嫌だ。 それだけで気分が嫌になる。 それなのに、君はこう言う。 「ふふ。今日も素敵な前髪ね。ここに住みたいよ、私。ふかふかのお布団より気持ち良さそうだもの。」 「傘がね言ってるよ、使ってくれてありがとうって。やっと出番だ!って嬉しそうよ」 「明日もいい天気だったらいいのになぁ…」 青い傘が良く似合う、黒いサラサラの長い髪をした君のそんな小言をいつも聴き流しながら、僕は読書に集中して学校へ向かう。 そんな日々が続いたある日。 …君は来なくなった。 待っても待っても、君は現れなかった。 仕方なくいつも通り学校に向かって。1週間が経った。 今日は久しぶりに湿った空気が流れている。 朝、玄関のドアを開けると君はそこに居た。 「遅いよ!今日もいい天気だね!」と明るく笑う君が居た。 僕はそのことに驚くよりもなによりも、ホッとしていた。 『あぁ…。そう言えば、  今日は傘ないけど、いいの?』 「そうなんだよね、傘壊れちゃって。  でもいいんだ♩ほら遅刻するよ!行こっ。」 そういってまた 僕の手を引っ張って走り出す君。 また君の背中が見れて安心していた僕は、以前とは違う光景に気づいた。 僕を掴んだ君の腕は 青紫色 になっていた。 その違和感に気づきながらも 僕はいつものようにバスに乗った。 「今日も素敵な前髪だね。  私の髪の毛もそんな風だったらいいのにな。  あの映画のアニーみたいで、  お日様みたいに暖かいもの。」 そう言う君はどこか寂しげで やっぱりいつもと違う。 僕は久しぶりに顔を合わせた緊張からか、 聞いてはいけない雰囲気からか 黙って読書を続けるだけだった。 バスが到着して 「ふふ。明日もいい天気だといいな…」 君はそう笑って言って、少し濡れた黒髪をなびかせながら自分の教室に入っていった。 今日は1日中、僕は頭が痛かった。 途中で学校を早退しようか悩んだ。 昼食を食べてからは本格的に頭が痛くなり、結局親に電話をして、家に帰ることにした。 だから雨は嫌いなんだ。 家についてからは、薬を飲んでひたすら寝た。 夜には体調が少し良くなり、夕飯も食べた。 夕飯時にやっている天気予報をみて 『明日は雨…か…』と無意識に呟く。 そこで家の受話器が鳴った。 「はい…はい…。えっ??…そうですか…」 母は真剣な面持ちでこちらを見た。 あと二三言何かを話して、受話器をおいた。 母の言葉に僕は頭が真っ白になった。 そこからは覚えていない。 お風呂も入ったのか、歯磨きをしたのかも わからず、気づいたら朝だった。 準備をしてドアを開けると、 「おはよう!今日もいい天気だね!」とにっこり笑う君がいた。 僕は自分の頬を叩いた。夢じゃないらしい。 昨日確か母から聞いた話では、 「いつも来てくれてるあの子、亡くなったって。」 そう聞いていた。 『ど、、どうして??』 「ふふ、何びっくりしてるの。ほら、遅刻するよ!行こう!」 と言ってやっぱり僕の腕を掴んで走り出した。 突然のことすぎてどうしたら良いか分からないまま走り出して、バス停が見える交差点に差し掛かった。 あれ…? 紫陽花が無い。 ここに咲いていた紫陽花が無い。 交差点の角にあった大輪の紫陽花はいつの間にか無くなっていた。 昨日はあった…?僕にはそれすらも思い出せなかった。 「あ〜紫陽花ね。無くなっちゃったの…綺麗だったのにね」 そう言った君は長いサラサラの黒髪をなびかせながらまた走り出した。 バス停にたどり着き、 僕は小さなベンチに腰掛けた。 『ちょっ…ちょっと待って。  はぁ…今日は早く走りすぎだ。』 頭を整理し、吐く息を落ち着かせながら、 君の方をもう一度見た。 君はやっぱり眩しかった。 「ふふっ。今日も素敵な前髪ね。あなたに会えて嬉しいな。きっと明日もいい天気だよ」 そう言って明るく笑う君は、もうそこには居なかった。 辺りを見渡すとベンチの横には 折れ曲がった青い傘と紫陽花の花束が添えられていた。 ‥‥ 「昨日の夕方このバス停の近くで事故があったんですってねぇ…まだ若い子だったみたいね。」そういった斜め後ろのおばちゃん達の会話が聞こえてきた。 「その若い子、いきなり道路に飛び出してきたらしいわよ。スマホ片手に亡くなったって」 そこで昨日の母の言葉をようやく思い出した。 「少し前から噂になってたんだけど、 いつも来てくれてるあの子。お義父さんにね、暴力を受けていたらしいよ。 そのお義父さんタクシーの運転手さんらしくてね。雨の日はいつも朝早くから仕事にでるんだって。 昨日は朝は雨だったけれど、後から止んだじゃない?それで早く帰ってきたお義父さんがお母さんに暴力を奮って、お母さんはこれ以上怒らせないように娘さんに早く帰ってこいって電話したんですって。 それでかしらね…靴が脱げるほど急いで家に帰ろうとして車に轢かれたって…。」 そうか。晴れの日はタクシー運転手のお義父さんが朝ゆっくり家に居ることが多いから いつも来なかったんだね。 そして昨日見た君の腕にあった青紫色は… 僕は君の違和感に気づいていたのに何も出来なかった。 もしも、あの日僕は早退せずに君と一緒に帰ることができていたら? いやそれよりも前に君の表情、君の腕の違和感に気づいて、何か声を掛けれていたら? それよりももっと君が笑いながら話す言葉をちゃんと聞けていたら…? そんな想いがぐるぐる巡って、バスを3本見送った。 座っていた足もとを見たら、気づいたら小さな水溜まりができていた。 その水溜まりに光が反射して紫陽花の花束と太陽がこちらを覗く。 まるで君が笑いかけているかのようだった。 「今日もいい天気だね!ほら涙をふいて!」 君にとって、雨の日は…いい天気だったんだね。僕にとってもいい天気だったよ。 あの交差点にあった綺麗に咲いていた紫陽花は、君だったんだね。 紫陽花を見る度に君を思い出す。 紫陽花と君と。 end...
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