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夏歌は
私が先ほど手に取っていた茶碗を
じっと見下ろしていた。
毛糸の玉が転げてほどけるように
遠い記憶が蘇る。
…もう、15年経つだろう
夏歌のアパートの部屋に上がってゆく
錆びついた外階段と塀との間に
あの夏中、飽きるほど咲いては散った白い花
そうだ!ムクゲ
茶碗に描かれた花は
木槿(ムクゲ)だと、その時、俺は気づいた。
俺があの茶碗に惹きつけられたのは
遠い記憶と繋がっていたせいだ。
あの夏、夏歌は階段を登る度に
ムクゲの枝を折って
部屋に入るとすぐ、ガラスのコップに挿した。
テーブルに飾った白い花は
1日で萎んで落ちるが
翌朝には、脇の蕾が開いているのだった。
ムクゲは
初夏になると住宅街のあちこちで
よく見かける、珍しくもない花だ。
美しいが、数が多く咲くせいか
なぜか印象に残らない花
夏歌が
そういう女だった。
私の掌にすっぽり収まった
さっきの茶碗の感触が
若い私が乱暴にまさぐった夏歌の乳房に似ている
ということも、思い出した。
ムクゲの突き出た花芯が紅く
意外にも生々しいことも…
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